そろそろ市町村合併についても語らなければなりません。
このたびの6月議会でも議論しましたが、仮にこのまま合併したとしても、ハッキリ言って「よいまちづくり」は期待できません。
*括弧書きが多いので、その部分はとばして呼んだほうが分かり易いかもしれません
合併の必要性についての国・県・市の説明(パンフレット)は、大きく次の2つに集約されます。①生活圏の広がりによって、自治体のサイズと生活圏が合わなくなり、税金の収め先と行政サービスの供給先の整合性が取れなかったり、一体的なまちづくりに支障をきたす等。 ②議員や職員、各市町村で重複する施設を減らす財政改革と、スケールメリットを利用して質の高い職員や議員を増やす行政改革。これらの理由は、確かに一理あるのですが、かといって市町村合併が必要だという決定的な理由にもならないと考えます。
そして、パンフレットに「長岡地域が合併して30万都市になると、県内では新潟市に次ぐ力強い都市になります」(私のコメント・・・なぜ人口の多い都市が力強いのか? そもそも、何をもって力強いと言うのか)とか、「合併で他県の県庁所在地並みの人口となることで、新市の知名度が上がり、観光客増加・産業活性化・産業誘致が促進します」(私のコメント・・・政策形成能力が上がるからという理由であろうが、人口増が直接これらを引き起こす訳ではない。例えば観光では、小布施や湯布院など小さくても観光で成功している自治体はある。そもそも、知名度だけが上がっても魅力的な街でなければ寄ってみようなんて気にはならないと思う。もっと更に、他県の県庁所在地も合併するであろうから、人口がそれらに追いつくことはなく、故に知名度が上がるとは思えない)といった理解しづらい説明が並んでいるのを見ると、いよいよ今回の合併が心配になります。(まだまだ沢山の疑問があります)
私は、今回の合併は国の財政問題が最大の理由であると思います。
日本国政府は1970年代初頭から一貫して国債残高(借金残高)を増加させてきました。国が背負った莫大な借金(先進国中最悪で、国・地方あわせて700兆円))によって、国から地方に回していたお金(交付税等)も削減しなくてはなりません。つまり、合併しても・しなくても、これまでの30年間のような予算(お金)の使い方は出来なくなるのです。日本は世界有数の豊かな国ですが、この豊かさは将来世代の負担(借金)によって成り立っているのであり、身の丈に合った社会ではないのです。
これまでは、お金(予算)を使って行政サービス(社会基盤整備・福祉・教育などなど)を充実させることが、住民満足度(住民の幸せ)の向上に直結していたのですが、これが直結しなくなってきましたし、財政面からこの手法を続けることも不可能となってきました。しかし、我々人間は幸せを求めて生きているのであり、幸福の追求を手放すことは出来ません。
そこで、これからの“まちづくり”には「お金を使わずに住民満足を高める」という発想への転換が必要となります。つまり、「お金(モノ・便利・快適など、お金で計れるもの)が最大の幸福」という偏った価値観から、「お金も幸福の一つだが、それ以外も大切」というバランスの取れた価値観への転換が必要です。
そして、「お金を使わずに住民満足を高める」可能性を福岡県赤池町に見つけることが出来ます。赤池町は公共事業の削減に失敗し、財政破綻(民間会社では倒産)した町です。そのため行政サービスは低下したのですが、逆に「自分達で出来る事は自分達でする」「行政に何をしてくれるのかを問うのではなく、住民が町のために何が出来るのかを考える」という住民意識の向上が見られたということです。皮肉にも、お金を潤沢に使えなくなったことで、住民・議会・行政それぞれが、自分で考え・行動するという正にこれからの地方分権の姿に近づき、結果として町の活力も向上してしまったようです(私は、視察を申し込んだのですが、依頼殺到の為まだ実現していません)。考えてみると、行政が何もかも整えてしまった(行政サービスの向上)が故に、住民同士の支え合いや話し合いが失われ、自立心までも失った側面があることに気付きます。そして、この支え合いや自立心は現代社会の課題でもある安心・安全・やりがい・自己実現といったことにつながるのです。
合併する・しないにかかわらず、先ず、これまで述べてきたような理念の議論を行なう必要があります。しかし現実には、合併した場合の財政支援(10~15年間の合併特例債や交付税算定替等のボーナス(アメ))と合併しなかった場合の交付税削減(ムチ)によって合併が推進されています(総務省のマニュアルにもその様に記述されています)。つまり、お金という尺度でしかまちづくりが語られていないのです。仮に、合併して財政支援を受けても、支援期間の過ぎる16年後には財政は逼迫します。職員や議員の削減と行政効率の向上を図っても、これまでのように行政サービスを向上させ続けることは不可能と考えます。
お金の尺度でしか今後のまちづくりを考えないのであれば、合併しても地獄・しなくても地獄です。
理念なき合併は、衆議院の小選挙区制と同じようなものです。中選挙区から小選挙区に移行すれば、政治改革が進み、政治腐敗がなくなると言われていましたが、結果として何も変わっていないように感じませんか? このように、“仏作って魂入れず“ 的な対処療法が今の日本に蔓延しています。
さて、財政支援を受けるためには、平成17年3月までに合併しなくてはなりません。そして、合併への手続き期間(約1年)を考えると、平成16年の春には合併の決断を下す必要があります。来年の春です。このわずかな期間に、まちづくりの理念を市民と議論・共有するのは大変難しいと思われます。もし、行政の説明のように、お金だけが合併の目的でないのであれば、平成17年3月までに合併する必要も薄れます。この合併期限にこだわらず、この際、徹底的にまちづくりの理念・方向性を議論したほうが、結果的に合併にかかわらず良いまちづくりへつながると考えています。
*もっと細かい説明をすれば分かり易いのでしょうが、これ以上の長文になってしまうので、この程度にします。皆さんは市町村合併についてどのようにお考えですか?