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官製談合事件 ~問題の本質~

昨年発覚した長岡市の官製談合事件について、市民の中には「最低制限価格で工事を発注できたのだから、財政的に助かっているので大きな問題ではない」とか「被害者は仕事を取れなかった建設業者だけ」といった意見もあります。

この事件の裁判で明らかになった事実に、その後の諏佐議員と私の調査で明らかになったことを加えて、この事件のポイントを簡単に述べさせて頂きます。

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市発注公共工事の入札にあたって、一般の建設業者が工事価格を正確に積算できないように、市の設計書の一部を非公開とするとともに、非公開部分には通常予測できないような(現場の状況に合わない)数値を入れていた。つまり市は適正で正確な工事価格で入札にかけていなかったようである。一般の業者は正確に工事価格を類推できないので、県会議員秘書経由の情報漏洩によって価格を知り得た業者が確実に工事を落札できる仕組みを作っていた。そしてこの仕組みは県会議員の要請によって市が作ったもので、県議の要請した理由は業者が県議に有難みを感じるようにするためだったとされている。
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つまり、公平・公正であるべき市政が特定の者の為に動いていた疑惑であり、行政が私物化されていた疑いという点で安倍政権の体質と酷似している事件なのです。たとえ県議の要請であっても、市は歪んだ行為をするべきではなかったはずです。

これは組織体質・組織文化の問題なので、公共工事以外にも特定の者に便宜を図っていたかもしれません。例えば市営住宅の入居、一般市民はなかなか順番がまわってこないなかで、特定の者は速やかに入居できていたのではないか。その他にも、福祉施設の利用、各種許認可、困りごとの対応、税金関係などなど、政治家や権力者を利用できる者ばかりが得をし、政治家や権力者と縁がない一般市民は気付かないなかで理不尽な扱いを受け、損をするような市政である可能性を否定できないのです。事実として、公共工事ではそれが行われていたのですから。

実態が解明され深く反省しなければ、この体質や文化が生き残る恐れがあります。大多数の市民にとっては由々しき問題だと思うのです。