本日、6月定例議会が閉会しました。
今議会の一般質問で、私は柏崎刈羽原発の再稼働問題について質問しました。
この件はこれまで何度も質問していますが、福島原発事故直後の長岡市の考えは、「原発は100%安全でなければならない。国や東電の言いなりではなく、市として市民の安全・安心が確保されているのかをしっかりと判断しなくてはならない。そのために判断できる実力を備える」といったもので、一定の理解ができるものでした。しかし、「原発の100%安全」を言わなくなり、「国は信用できる」といった趣旨の発言が飛び出すなど、2年ほど前から質問するたびに長岡市の腰が引けてきていると感じていました。そして今回、これまでは「国の適合性審査の結果が出た段階で、長岡市として再稼働に対する(賛否の)判断を行う」と言ってきたことを「判断しない場合もある」としたのです。それに対し「例えば、どういう場合に判断しないのか」と質問したところ、「(再稼働手続が)どうなるのか分からないのだから現時点では答えられない」との答弁でした。
再稼働の問題は、福島原発事故直後から私を含めて何人もの議員がこれまで質問してきました。そのやり取りの中で、長岡市の再稼働に対する基本姿勢が固まり、その後繰り返し述べられてきたのです。以前に述べた見解と、現在の見解が異なる事態はしばしば生じますが、その場合は正当な(合理的な)理由が必要だと思います。ましてや「原発再稼働に対する市の姿勢」という市政の重要課題についての見解ですから、「○○という新しい状況が生じたので、××の場合には判断しないこととした」という説明は必要と考えます。今回の質問は一問一答方式で行ったので、答弁者も大変だったとは思いますが「判断する」と言い続けてきたものを「判断しない場合もある」と変えて「(例え話でも)どういう場合に判断しないのかは答えられない」ではいけません。