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中越大震災

  • 2005年03月24日(木) 00時00分
  • 分類:日記
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 10月23日の中越地震から5ヶ月が過ぎました。

 いろいろなことが押し寄せてきたからなのか、心に余裕がなかったのか、本日までホームページの更新が滞ってしまいましたが、復活したいと思います。

 我が家は、屋根瓦が吹っ飛んだり壁に亀裂が入ったりはしましたが、居住するには問題ありません。ただ、家の中の物は目茶苦茶になったので整理が大変でした。また、報道されている通り余震がひどく、しばらくは路上生活(車中生活)をしていました。

 本震の時、私は子供と嫁さんとで外出していたのですが、立っていられない程の強い揺れでした。家では、いつも子供を寝かせておく居間の真ん中に本棚が倒れてきていたので、運が良かったと思います。

 当時、生後5ヶ月だった我が子「多笑」は、10月27日の大きな余震以後に泣き声に少し変化が見られました。地震の影響なのか、たまたまなのか、はたまた親が慌てふためいた影響かは分かりません。

 中越地震後の行動や学んだことについては「せきたか通信№6」に記載しました、今後、ホームページに掲載しますので、そちらをご覧下さい。

 地震後の少し落ち着いたところで、趣味?である「自分自身を見つめること」を行いました。すると・・・、まず余震を怖がっている自分が見え、それは死への恐怖から起こっていることも分かりました。3年前の交通事故以来、自分は一度死んだものと思って暮らしてきましたが、いつの間にか元に戻っていたのです(死への恐怖を克服することは、命を粗末にする事ではありません)。身体を持って生きている以上、生命維持が至上命題になってしまうのは仕方がないのかもしれません。しかし、生命維持が人生の最大の目的だとすれば、全ての人間の人生は悲哀なものになってしまいます。なぜなら、永遠に生きることができない、つまり終わりのあるものを維持し続けることは無理であり、矛盾しているからです。では何が大切なのか? 私は「生き様・生き方」こそが一番大切なものだと再認識することができました。

 当時、ある方の傾きかけた家屋に調査に入らなければならなかった時、「ここで余震が起こったら、倒壊して下敷きになるかもしれない」と不安な思いがよぎり落ち着けなかったのですが、「本当に大切なのは生き様なんだよな」と思い起こしたら不思議と落ち着きを取り戻せました。その家屋には、どうしても入らなければならなかった訳ですが(それこそ生き様として)、その間の時間を不安な気持ちで過ごすのか、落ち着いて過ごすのかは気持ちの持ちようで変えることができたのです。

 切羽詰った時ほど心の状態が行動や言動に大きく影響するのかもしれません。

暴言3?  宅間死刑囚

  • 2004年10月05日(火) 00時00分
  • 分類:日記
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 またまた暴言です。

 先日、池田小児童殺傷事件の犯人である宅間死刑囚の死刑が執行されました。

 マスコミ報道では、「謝罪の言葉を述べていない」とか「まだ償いが終わっていない」といった論調が大半だったと思います。

 今回は宅間死刑囚の擁護論ではなくて、マスコミの報道姿勢や、この事件のとらえ方に対するコメントです。

 (そろそろいきますよ)さて、宅間死刑囚に「謝罪しろ」「償え」と言うのであれば、宅間死刑囚に謝罪し償った人はいるのでしょうか。

 私は子育て真っ最中ですが、我が子や他人の赤ちゃんを見ていると「この世に殺人鬼として生まれ出でた人は一人もいないはずだ。オギャーと生まれた時は、みんなが純真無垢だったんだ」と感じます。であるならば、宅間死刑囚は生後の家庭環境・学校教育・社会思想のなかで殺人鬼になっていったということでしょう(子供は自分で文化を創れません)。

 宅間死刑囚自身の責任は当然大きいのですが、同じように、宅間死刑囚を殺人鬼に育ててしまった家庭・学校・社会の責任も重大です。彼が救われるチャンスは何度かあった筈だと思います。

 人間の精神が歪んでしまうのは、極度な辛さ・悩み・悲しみ・怒り等のストレスです。そして、ストレスに対する強さや受け止め方は人によって違うのです。私にとって取るに足らないことでも、人によっては大事件ということもあります。宅間死刑囚にストレスを与え、取り除くことができなかった原因を考えなくては、この種の事件は後を絶たないでしょう。事実、ストレス社会の進行によって(日本人の7~80%が、重度・軽度を問わず精神の健全性を損なっているとのデータ有り)この種の事件(常識では理解できない事件)が頻発しています。

 学校の塀を強化するとか、開かれた学校にするといった対処療法だけでは亡くなった児童が浮かばれないと思います。

水害復旧ボランティアを体験して

  • 2004年08月15日(日) 00時00分
  • 分類:日記
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 私は水害復旧作業に8日間従事しました。

 雨天や猛暑の中での泥の排出作業は非常に辛く、倒れて救急車で運ばれるボランティアもいました。

 不思議だったのは、爽快感を味わったことです。悲惨な現場での作業で、肉体的には辛いし、声もかけられない程の悲壮感が漂っている被災者を見て、爽快な気分になるなんて不謹慎だと思っていたのですが、よく考えてみると災害とは関係のない以下の理由で爽快感を味わったのだと思います。①知らない人とチームを組んでの作業なのですが、そもそも人のために働きたい人達の集まりなので、現場に優しさや気遣いがあふれている ②日常生活では他人の目や損得などが気になり、思いと行動を一致させることが難しいが、今回は思いと行動が完全に一致した ③人の役に立っているということを、直接感じることができた。

 予想もしなかった宝物を頂きました。

水害

  • 2004年07月19日(月) 00時00分
  • 分類:日記
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 私は連日、水害復旧作業のボランティアに出かけています。長岡市、見附市、栃尾市、中之島町と現場視察もしましたが、中之島町が最も被害が大きいようです(新潟県も同じ認識のようです)。また、小泉首相も視察後に述べていたように、実際に見るとテレビよりも悲惨です。

 被災された方は、先の展開が全く読めないなかで、地道な復旧作業を行なっています。たいした力になれなくても、被災者が「多くの人に支援してもらっている」と感じてくれると気力を出してくれます。

 ただ、連休が終わるとボランティアの数が減ることが予測されています。そこで、都合のつく方は、私と一緒にボランティア活動を行なって頂きたいのです。半日でもかまいません。基本的には8:30に長岡市役所集合で16:30まで、今のところ25日までの予定です(移動のバスは長岡市が用意。その日の状況で、中之島町へ搬送されることもあります(長岡市もできる限り中之島町を支援する態勢です))。私もできる限り参加します。

 ニュースを見ていると「今日は1000人のボランティアが集まりました」等、ボランティアが順調に集まっているような報道がなされていますが、実際には不足しています(自治体もそう言っています)。長岡市と中之島町には「マスコミに協力してもらって、報道の最後にボランティアが不足している旨を伝えてもらったらどうか」と言っておきました。「足りなくて大変だ」と右往左往していても、その情報を多くの人に伝えなくては問題は解決しないと思います。情報伝達は大切です。

 参加される方は、メールにて私に連絡ください(市が事前に人数を知りたがっています)。

 被災者で、ボランティアに手伝ってもらった人は、「他の地域で災害があったときには駆けつけたい」と言ってくれる人が多いです。今回も、「以前に助けてもらったから来た」という方もいらっしゃいます。

 世の中には負の連鎖が広がっていますが、このような正の連鎖も広げていきたいものです。

追悼  ~土田市議 亡くなる~

  • 2004年07月12日(月) 00時00分
  • 分類:日記
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 本日夕刻、長岡の土田市議が交通事故死されました。

 純朴・実直、良い意味で田舎臭い方だったと思います。2年前には私も事故に遭ったもので(どういう訳か助かりましたが)、今回の件でも感じるところがあります。2年前の事故の時も「人間いつ死ぬか分からないのだから、明日死んでも納得できるように今日を生きよう」と心に言い聞かせましたが、今回、改めてその気持ちを思い起こさせて頂きました。

 5年間お付き合いさせて頂いたので、思い出は沢山あります。

 今までお付き合い頂き、有難うございました。

 ご冥福を供養いたします。

子供が生まれました

  • 2004年06月03日(木) 00時00分
  • 分類:日記
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 5月24日に長女が誕生しました。名前は「多笑(たえ)」です。子供を見ていたときに浮かんできた名前をそのまま付けたのですが、結果的に嫁さんの多紀子から一字とって、母のようになって欲しい(母がどんな人なのかの説明は省きますが(笑))との想いと、笑いの多い人になるようにとの想いを重ねることとなりました。

 改めて命の尊さを感じると共に、自分もこんな風にして世の中に出て来たのかと思うと、感慨もひとしおです。

 自宅出産も模索したのですが、今の時代なかなか難しいようです(子供を病院で出産するのが当たり前の世の中ですが、人類の歴史の中では本当にごく最近の事なんですよね)。

 ということで、なるべく自然に近い出産のできる病院を見つけました。そこは、陣痛促進剤を打たず、出産直後から母子同室です。なおかつ、夫が出産に立ち会った上で、なんと、へその緒を切る役割を担うのです。男が、こんな形で出産にかかわれるなんて素敵なことだと思い、夫婦共々楽しみにしていました。

 陣痛が始まったと連絡があって、すぐに嫁さんの実家(静岡県)へ向かいました。移動途中に感動の涙が出てきたのですが、携帯電話に連絡が入り「もう生まれた」とのこと。安産を祈りつつの移動だったはずなのに、その言葉を聞いた瞬間に少しガックリきてしまいました。なんと勝手なことでしょう(笑)。

 ありがたい事に、大勢の友人が「おばさん」「おじさん」を宣言してくれています。勿論、血のつながりはないのですが、多くの人たちに囲まれて育っていくのが楽しみです。

年度末

  • 2004年04月05日(月) 00時00分
  • 分類:日記
  • 投稿者:admin

 年度末・年度始は何かと忙しいのです。

 3月議会が終わったら、政治団体の収支報告(3月末日まで)、市政調査費の収支報告(4月10日まで)を作成しなくてはなりません。

 私は市政調査費を、主に研究会・講演会・勉強会への参加に使わせて頂いています。これまで、市政調査費の報告は手書きだったのですが、今回から一部はワープロで作成しましたので、これら研究会等の内容を後日ホームページに載せることにします。

テレビショッピングを見て

  • 2004年03月08日(月) 00時00分
  • 分類:日記
  • 投稿者:admin

 テレビショッピングが花盛りです。先日も、ブルブルと振動するダイエットマシーンを売っていました。その機械の上に乗っているだけで全身運動になり、痩せるとの事。少し前には、寝たままで足を上に置くと痩せるといった機械(金魚運動マシーン?)も流行りましたね。飲むだけで脂肪を減らせるダイエット食品もよく宣伝しています(「だから、好きなだけ食べられる」といったうたい文句だったが、効果がないことが判明してから宣伝が一切なくなった)。

 いろんなデータがあるのですが、世界63億人のうち8~12億人が飢餓や栄養失調です。片や不思議なことに、ほぼ同数が肥満や栄養過多です。NHKで「アメリカのウエストバージニア州では、肥満による生活習慣病が急増し、自らの胃を切り取る手術を行う人が後を絶たない」と報道していました。

 食べられないことが原因で、毎日3~5万人が亡くなっている事実。

 肥満解消のために、なるべく楽して痩せようという人がいる事実。

 何か変ですよね。

新婚旅行

  • 2003年08月26日(火) 00時00分
  • 分類:日記
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 「結婚式や披露宴はしたくないが、新婚旅行は行きたい」との嫁さんの希望をかなえる為、行事の少ないお盆に決行となりました。

 私は砂漠横断、嫁さんは北欧・オーロラを希望したのですが、折り合いがつかず、結局モルディブに行ってきました(私に最も似合わない? 海のきれいな南の島です)。

 モルディブ人はイスラム教を信仰していますので、お酒を飲みません。でも、首都のマーレ(人口約7万人)では夜遅くまで外に出ています。とはいっても、騒いでいる人は少なく、友人と話したり、ボーっと座っていたりで、のんびりとした時間が流れています。同じ人間なのに、日本とはずいぶん雰囲気が違っています。何かに追われて余裕がないとか、精一杯努力しているといった様子ではありません。日本は経済的に世界で2番目に豊かな国ですが、モルディブの人たちのほうが幸せに見えてしまいます。

 モルディブには欧米や日本から沢山の人がリゾートにやってきます。皆、自分の国では一生懸命に働き、心のオアシスを求めてこの国にやって来るのではないかと思います。だとすると、自身の国は安らぎ・くつろぎのない国であると言えるかもしれません。あくせく働いて得たお金を使ってリゾートに来る私達よりも、おそらく海外旅行に行ったことのないであろうモルディブ人のほうがゆったりと暮らしている光景は滑稽でした。
 でも、このモルディブのゆったりした光景は、本来はどの国でも見られたのではないかと思います。

 さて、モルディブでも世界的な異常気象を感じさせられました。
近年、雨季と乾季がはっきりしないようです。また、数年前に海水温の異常上昇で珊瑚がほぼ全滅(白化現象といって、色が抜け落ち死滅する)してしまい、海の中は珊瑚の墓場のようでした。

 とはいっても、自然はまだ力強く、適当に泳いでいるだけで海亀・エイ・巨大ウツボ・ナポレオンフィッシュ・鮫などと遭遇しました。勿論、熱帯魚は浜辺からでも無数に見えます。

 私もお金を払い、環境破壊(飛行機に乗ったり、リゾートでの不自然な食事など)をしてリフレッシュする一人となってしまいました。

 おことわり・・・

 この文章を読む限り、楽しい旅行でなかったような印象が残りますが、そうではありません(笑)。旅行中にも前述のように考えてしまう私は不幸な性格かもしれません(再笑)。

チョット間があきましたが 選挙を終えて

  • 2003年07月07日(月) 00時00分
  • 分類:日記
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 選挙終了と共に残務整理が始まり、結婚にまつわる様々な所用(アッ、実は結婚したのです)をこなしている間に6月議会が迫り、7月4日に議会が終了したところです。

 慌しい2ヶ月でした。

 この度の市議会議員選挙に際し、皆様から様々な形で御支援頂きました事に感謝申し上げます。

 2243票で19位という結果で、低投票率・同タイプの候補者多数・4年間貫いた信念(波風が立ちますし、批判も受けます)という条件を考えますと、価値ある結果であると感じています。

 今回の選挙は、組織選挙の候補者が上位を占める結果となりました。しばらくの期間は、草の根選挙と組織選挙の間で揺り戻しが起こると考えています。

 私は、会派という議員グループに所属しないで活動してきたので(4年間の無会派は長岡初)、変わり者と評されることも多かったのですが、3人の新人議員が無会派を選択されましたので、この評価も少しは薄まるかもしれません(これ以外にも変わっていることが多いので無理でしょう(笑))。

 今後も精一杯活動いたしますので、御指導・御支援をお願い致します。

 選挙で時間が無かったことと、私と嫁さんの希望で、結婚式や披露宴はしませんでした。

 「どうしても挙式したい」という人は私なんかを選ぶことはないでしょうから(見た目や形式にあまりこだわりませんから)、お互いにちょうどいい相手なのかもしれません。おっと、私なんかを選んでくれた嫁さんに感謝しております。

 今後は、一人では味わえない"学び"と"訓練"の場を持つことができるでしょう(笑)。

パソコン不調  ~ 便利と不便は表裏一体 ~

  • 2003年03月21日(金) 00時00分
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 しばらくの間、パソコンが不調だったんです。先日やっと復旧したのですが、使えない期間は不便で不便でしかたありませんでした。便利ということは、逆にそれが崩れた時には、より不便になるのではないかと感じます(車・電気・原発・FAX・石油ショック時のトイレットペーパー(笑)等々)。適度な便利さと適度な不便さが必要なのかもしれません。

 人類の歴史は、便利さを追求してきた歴史とも言えるのではないでしょうか。その行き着いた先の一つがイラクに向けて発射されたミサイル。ボタン一つで人間を殺戮することができ、それを好む人にとっては非常に便利なものです。更に、指揮官は遥か彼方から指令を下すこともできるようになっていて、これまた便利。

 大量破壊兵器が問題となっていますが、戦国時代に比べると現代のどんな些細な武器でも大量破壊兵器になってしまうのではないでしょうか。

 最近、スローフード(ファーストフードの対極)やスローライフといった言葉を聞きますが、これらは今までの便利一辺倒の考え方に一石を投じています。

 また、講演会で次のような話をさせて頂くことがあります。「一昔前には洗濯機や炊飯器はなかった。お風呂も薪で沸かし、掃除もホウキを使っていた。30分かかっていた洗濯がボタン一つで、1時間かかっていた風呂沸かしもボタン一つで終わるようになった。我々は昔の人たちに比べ、凄~く”ゆとり”ができている筈だ。ところで、皆さんは”ゆとり”を感じますか?」

 京都大学の高月教授は「 ”お金(物)持ち” と ”時間持ち” はどちらが豊か?」と問いかけています(あえて極端におっしゃっていますが)。我々は、この辺をよく考える必要があるのかもしれません。

 さて、私にとっての便利か不便かよく分からないモノの一つに携帯電話があります。かける時には便利さを感じますが、何時でも何処でもつかまってしまう(連絡がつく)不便さも感じます。一昔前の家庭や職場では、私の外出中に電話がきても「戻ったら伝えておきます」で済みましたので、心置きなく所要を済ませることができました。かといって携帯電話の電源を切っていれば、「何やってたんだ」ってことになりますし。まっ、私のわがままなんですけど。

 最後に、今回のパソコン不調事件でも、ちゃんと嬉しい事があったので報告いたします。

 なんと、ほとんどお会いしたことのない数人の方から「最近、ホームページの更新がないですね」との連絡を頂きました。アクセス数か伸びないと恥ずかしいので(実は恥ずかしがり屋です)カウンターは付けていませんが、見ていてくださる方を実感できたことは大きな収穫でした。連絡頂いた皆さん、ありがとうございました。

またアメリカです  ~ 負の連鎖から正の連鎖へ ~

  • 2003年03月21日(金) 00時00分
  • 分類:日記
  • 投稿者:admin

 イラクに対するアメリカの攻撃が開始されました。この攻撃に対する賛否が渦巻いておりますが、いずれにせよ戦争という解決手段が選択されたのは悲しい事であり、どこか遠い国の出来事として片付けられない心境です。考えさせられている人も多いのではないでしょうか。

 もし、「みんなが笑顔で暮らすまち」をこの長岡で実現できれば、その波紋は日本、そして世界へと広がっていくのではないでしょうか。

 笑顔で暮らす人(幸せな人)は他人を攻撃しませんし、攻撃する必要もありません(既に幸せなのだから)。笑顔で暮らす人は怒らず、愚痴りません。笑顔で暮らす人は他人が困っていたら助けます。笑顔で暮らす人は他人を笑顔に変えることができます。だから、笑顔の人が増えればいいのです。そして、その源泉になるのは私であり貴方です。

あるコミュニティー誌への投稿(テーマ:男と女)

 「男女」のように、反語が対になっているものは、善悪・正誤・賛否・老若・明暗・上下・表裏・貧富・真偽・生死など数多い。これらに共通しているのは、「片方を理解しようとすれば反対も理解しなくてはならない(仮に、これをAパターンとする)」、若しくは「片方を完璧に理解すると反対も理解できる(これをBパターンとする)」といった事ではないかと思う。例えば「真偽」においてのAパターンは、真と偽を両方見るから真偽の違いが分かるって事だし、Bパターンは、真を完璧に理解できるから、それ以外は偽だと分かるって事のような気がする。

 ちょっと別の角度からみてみよう。 Aパターン:すごく貧しい家庭に生まれたけれども、経済的に成功した人。若しくは裕福な家庭に生まれたけど財産を食い潰して苦労している人。こんな人で、(貧富は関係なく)結構素敵に生きている人がいる。そんな人は、両極を経験したからこそ、貧でも富でもない人生の本質(真実)を知ってしまった人なのではないか。 片やBパターン:何十年も同じ仕事しかしない職人さんで、人生を卓見している人がいる。この方は、一つの職を極める事によって人生の本質を知ってしまったのではないか。

 さて、男女間のトラブルを耳にする機会も多いが、その多くは「相手の気持ちを理解できない」ことが原因なのではないか(これは男女に限らず同性でも言えることだが)。男女が互いを理解するとしたら、Aパターン(男が女を経験する。又はその逆)は有り得ないので、必然的にBパターンになってしまう。つまり、女は女を極め、男は男を極めるということだ。確かに、もの凄~く女らしい人は男を良く分かっているような気がするし、もの凄~く男らしい人は女を良く分かっているような気がする(女らしさ・男らしさには議論があると思うが)。でもチョット待て。もう一つCパターンがあるではないか。

 Cパターンとは、いきなり本質を理解する方法である。このパターンは、どんな事にも適用され、最も効率の良い方法ではないのだろうか。「男女」に当てはめれば、異性を理解するとか男を極めるということではなく、ズバリ人間そのものを理解してしまうのである。人間そのものが理解できれば、男女だろうが世代だろうが国籍だろうが全く関係なし(但し、理解できるという事と、自分がそうする事は別物)。

 さてさて、では人間そのものを理解しようと考えると、自分に一番近く・研究しやすい対象は、実は自分自身である。人は皆、自分の事はよく分かるって言う。「私はこんな性格です」と言う。「じゃあ、なんでそんな性格になったの? 生まれた時は純真無垢だったよね」と尋ねると、「???」。自分を知る事は、自分のルーツを知る事。そして、本当に自分(人間)を知っているのであれば、その人に人間関係のトラブルは起きづらくなる。自分のルーツを知ると、我が子のように自分が愛しくなる。自分を愛した時、他人を愛すこともできる。自分という人間を認められた時、他人も認められる。自分を信じられた時、他人も信じられる。

 さあ、自分自身(人間)を研究しよう!

レジにて

 皆さん経験済みだと思いますが。

 スーパーなどでの買い物の際、レジ待ちの列に並んでいると、隣のレジがオープンして自分より後ろの人が先にレジに入るという経験。車の割り込みなんかも同じ状況ではないでしょうか。

 私は心が狭いため、些細な事なのに嫌~な気分になってしまいます。そんなに急いでいる訳ではないのに、何故か時間や順番にとらわれてしまいます。そして、嫌~な気分になった自分自身を嫌になってしまうという「嫌なスパイラル」に入り込みます。
 
 「本質的には、この世に良い・悪はない」という言葉を聞くことがありますが、私は十分に理解し実践する事が出来ていません。そこで、今のところの妥協点として、「良い・悪いはあるが、そう判断することと感情(怒りなど)を直結させるのは自分自身の問題である」と考えるようにしました。通常、悪い事に出会ったら(悪いと判断したら)自動的に怒りの感情が湧いてきますので、あたかもセットになっているように感じてしまいます。そして、「悪い事に対しては怒って当然」と思い込んでしまいます。しかし、本当にそうでしょうか? よーく考えてみると、悪いという判断と怒りの感情は別物だと気付きました。自分自身の物事の判断基準(ものさし)を持つのはいいのですが、強く持ち過ぎると感情をコントロールできなくなるようです。「怒る」と「叱る」の違いでしょうか。「正義と正義感の違い」と表現した方もいらっしゃいます。

 目の前の出来事を良い・悪いと判断しながらも、怒りの感情に流されない生き方を目指しています。

山梨で講演

 今月17日に山梨県甲府市で環境問題の講演をしました。16日は市政勉強会で財政・社会問題の発表をしましたので、初の二日連続講演となりました。それぞれ違うテーマでの講演だったので、資料の整理に時間がかかりましたが、こんな事でもないと整理しないので助かりました。

 さて、山梨の会は一人の親友の主催でしたが、17人も集まってくださいました。ちょっと声を掛けただけらしいのですが、凄いものです(それも、全員が何の話しかを知らずに来ていた)。彼の日頃の生き様の結果でしょう。想いって、伝わる時には伝わるものなんですね。

 さて、今回のように一声掛けて沢山の人が集まるなんて事は、そう簡単には体験できないのではないでしょうか。皆さんは「いざ」という時にどれだけの人が集まってくれそうですか? 実は私、以前にその事を考えた時、自分が非常に寂しい状況だということに気付き愕然としました。そして、その寂しい状況を作り出したのは、当然ながら自分自身であったのです。自分自身の過去の選択(生き方)の結果が現れていたのです。

 以来、少しだけ心を入れ替えて現在に至っていますが、それでも人間関係やコミュニケーションの質が上がったようで、とても素敵な環境(人間関係)に居ます。周囲の人もそう思っているのかは不明ですが・・・(笑)。少しの変化が大きな違いになったのかもしれません。

暴言Ⅱ?   北朝鮮との外交について

 昨年9・11のテロ直後に書いた暴言に続く第2弾です。

 テロ以降、怒りが怒りを呼び、更に新たな怒りが発生する。疑念が疑念を呼び、更に新たな疑念が発生する、という状況になっていますね。

 昨年の暴言を書いた時には、私のような考えがマスメディアから流れてくる事はありませんでしたが、時間の経過と共に、この考えを持つ人が取り上げられるようになってきました。さて、今回はどうか? 我ながら、前回以上の暴言であろうと思われます。

 前回のアルカイダ同様、北朝鮮の行った事は許されない事でありますし、長年にわたる被害者及びその家族の精神的苦痛を思うと、私の心も痛んでいるという前提でのコメントです。

 先日、某ニュース番組で、現在帰国中の拉致被害者の方々を北朝鮮に帰すべきかどうかのアンケート調査の結果を放送していました。それによると、「帰すべきでない」が80%、「帰すべき」が10%で、圧倒的多数の人たちが現在の状態を良しと判断しているようです。

 ところが私はチョット違って(だから暴言なのですが)、次の二つの理由から帰すべきと考えます。①二組の夫婦は、北朝鮮に残した子供には「10日間くらい旅行に出る」旨の説明しかしていないと聞いています。ですから、子供が気になるといった発言もされていますよね。親心を考えると、本当は気になって仕方がないのではないかと推察されます。また、残された子供がしっかりした説明を受けていないのであれば、安否を気遣い不安な日々を過ごしているに違いありません。だとすれば、日本人拉致被害者とその家族が味わったものと同じ悲しみを子供に与えている日本は、北朝鮮を批判する資格があるのだろうか? ②拉致した事は罪深いし、また北朝鮮が日本との国交正常化の必要に迫られているとはいえ、24年間事実無根と言ってきた拉致と被害者の帰国を認めたことは評価してあげなくてはならないと思います。北朝鮮がやっとここまで軟化してきたのに(渋々の筈です)、日本が10月28日に帰すという約束を守らない事によって、再び北朝鮮が硬化する恐れがあると考えます。その場合、死亡したと伝えられた方々の調査にも影響が出てくるものと考えます。(カチンと来た方、ゴメンなさい)

 更に暴言度をアップさせましょう。

 そもそも何故、解決に24年もかかったのでしょうか。それは、日本が「北朝鮮は許さない、悪だ」と言い続けてきたからなのではないかと思います。(この辺で我慢の限界を感じた方、ゴメンなさい) 子供の頃に経験した人も多いと思いますが、何かの失敗をして、親や教師から「やったのはお前か」と問われても「ハイ」と答えたら怒られるのが明らかな場合、「私じゃない」と言ってしまう心理状態がありますよね。もし、北朝鮮に対して「拉致は悪い事であるが、罪を憎んで人(国)を憎まずだ。どんな事実であろうとも責任を追及しないので、正直に全てを明らかにして欲しい」というスタンスで臨んでいたら、拉致問題はもっと早く解決していたかもしれません。

 もし、北朝鮮が一部で言われているように「ならずもの国家」であるなら、例えたら、わがままな子供みたいなものかもしれません。もし日本が大人の国家であるなら、子供をコントロールし、教育する役割があるのではないかと考えます。その場合、怒るのではなくて、叱る事が必要なのではないでしょうか。「怒る」は感情任せの行為ですが、「叱る」は愛情や許しが入った行為です。

 許すって事は個人でも国家でも大変な事ですね。でも、許した方がうまくいったり、楽になることも多いのではないでしょうか。

 この問題を語り尽くすには、「大人とは・子供とは」「善・悪とは」「怒りとは」などを議論しなくてはなりませんが、今回はご容赦の程を。

 外交は拉致問題だけではないし、私自身が断片的な情報しか持ちえていない中でのコメントであることをご了承ください。

事故報告Ⅱ  -おまけー

 病院に搬送され、救急処置の後、ベッドの上に4時間ほど寝ていると、打撲の痛みと、姿勢を変えられない(寝返りが打てない)ことによる痛みが腰から背中に襲ってきて辛くなり、看護婦さんに「ベッドの角度を変えて上半身を起こせませんか」とか「せめて腰の下に枕でもあててもらえませんか」とお願いしてみたのですが、とにかく朝の精密検査までは安静にしなくてはならないとのことで、耐えるしかありませんでした。これが非常に苦しい。めったに弱音を吐かない私ですが、呼吸に合わせて呻き声が出てしまいました。感じる本人によるのでしょうが、「生き地獄」とはこんな感覚なのかもしれません。

 しかし、この時思ったのです。「戦争の時の野戦病院には、足がちぎれる等、私よりもっと重傷な人が担ぎ込まれ、現代医学や日本の医療よりも劣った状況で、満足な痛み止めもなく喘ぎ苦しんでいる人がいる(いた)のだろうな」。原爆投下後の病院で、不衛生な為に体から「うじ虫」が湧いた患者さんの写真を見たことがありますが、「この人達はさぞ辛かったんだろうな」と。
その人達に比べれば私の苦しみなんて微々たるものでしょうが、それでもやっぱり辛かったです。

 いろいろとお世話してくれる看護婦さん達は、私に対し二通りの反応を示してくれました。一つは「関さん、高速道路の事故でこの程度の怪我で済むなんて運が良かったね~」という反応。もう一つは「関さん、人を助けに行って、あんただけが怪我するなんて運が悪いね~」です。私の症状や、事故に遭った状況は同じ (事実があるだけ)であるのに、看護婦さんによって「良かった」と感じる方と「悪かった」感じる方がいたのです。物事には全て表裏(二面性)があるものだと思います。そのどちらを見るのかによって、人生もずいぶん変わってくるのかもしれません。

 人間は、自分の死を認識できないと思います。「死にそうだ」ということは分かっても、今死んだということは分かりません。死ぬと同時に意識もなくなるからです。ですから、死にそうな恐怖はあるかもしれませんが、死の恐怖は存在しないのではないかと感じました。

事故報告  ―気付いた事―

 先日、自損車のドライバーがお見舞いに来てくれ、事故直後の様子を聞く事ができました。

 私は路上に倒れていたのではなく、中央分離帯ガードレールのすぐ脇に倒れていたそうです。自損車に激突したトラックは、それでも止まらず直進していたという事なので、少しずれて走行車線に放り出されていたら、トラックにひかれていたでしょうし、逆方向にずれてガードレールに激突していても、今こうして文章を作っていなかったのではないかと思います。とても絶妙(微妙)な位置に倒れていたということです。

 それに、倒れていた位置から推測すると、自損車を吹っ飛ばした後のトラックに直接跳ねられた可能性もあるようです。いずれにしても知れば知る程、生きているのが奇跡というような気持ちになってきます。

 さて、この事故は私にとって大変意義深いものとなりました。いつか私が本当に死ぬ時(今回は仮想死か)に自分の人生を振り返るのであれば、大きなターニングポイントになっているのかもしれません。

 今回、親の存在を強く意識しました。

 事故の瞬間、母は私の車に乗っており、大きな激突音を聞いたはずです。しかし、半身不随のため、振り返る事ができず(自損車前方の路肩に駐車していました)さぞかし心配だったことでしょう。

 路肩のガードレールの外に退避し倒れている私を、後続車から降りてきてくれたであろう女性が介護してくれました。私はまず「俺は大丈夫だから、早く発煙筒を焚いて」と頼み、その後「この先の長岡ナンバーのシビックに母が乗っている。言語障害だが、ゆっくりと話せば幾らかは理解できるので状況を説明してきて欲しい。その際、私の命に別状はない事と、警察に頼んで私の搬送される病院に車を持って来て貰うようにお願いするから、安心してそのまま乗っているように伝えて下さい」とお願いしました。後に警察から聞いた話では、私の車を移動させようと車に乗り込もうとした時に、母は必死に外に出ようとしていたそうです。

 病院で応急手当を終えICU(集中治療室)に移動する際(首もほとんど動きません)、視界の端に車椅子に乗る母の姿が見えました。左手と左足で車椅子をこぐ母が、ゆっくりと(本人にとっては全力だったと思いますが)近づいてきます。言葉を話せないので、涙を流しながら口を動かしていました。私は「心配ない。大丈夫」と言って、痛む右手で(右側に寄って来てくれたので)母の左手を握りました。

 父が母を連れて帰った後、息子のこんな状況に出くわした母の辛さを思いやった時、「親に心配かけてはいかんな。俺の親は子のためなら死んでくれるんだろうな。自分の命を投げ打っても、子を守りたいんだろうな」との思いが湧いてきて、私の目からも涙が流れました。

 死んでいたかもしれないと思うと、自分自身の人生を振り返ってしまいます。その時に感じたのは、「人生はドラマのようなもので、登場人物の皆さん(たとえ悪役でも)には感謝しかない」ということです。テレビのドラマや映画を見て面白く感じるのは、主役がいろいろな場面に遭遇し喜怒哀楽を表現するからではないでしょうか。最初から最後まで楽しく・うまくいく話だけではなく、辛い事や困難に遭遇することでストーリーが成り立つのではないでしょうか。

 そういった見方をすると、私を怒らせてくれたAさん、私を悩ませてくれたBさん、悲しませてくれたCさんも、実は「関たかし劇場」が充実する為に必要な人たちだったのです。つまり、出逢う人たち全てに感謝なんですね。
これから先の人生も、いろいろな事が起こるでしょうが、人生劇場の終わりには全て感謝に変わると分かり、力まずに生きてゆけそうです。

 そして、そんな気持ちになってくると、「私は、今まで感謝の気持ちを伝えてきただろうか? いや、だいたい感謝だなんてことすら感じていなかった」ということが分かってきます。

 これまで私は、人に感謝される生き方を目指してきました。それはそれで結構な事なんですが、これからは人に感謝する生き方を目指したいと思います。本当に死ぬ時に後悔しないためにも・・・・。

 生きている事って素晴らしい事です。

 分かっていたことですが、今回はそれを感じる事ができました。「分かる」と「感じる」と「できる」の違いって大きいですよね。

 私は今まで、人間は「何になる(社長になるとか偉くなるという肩書きの事)」とか「何をする(何かをやり遂げる、人のためにするという事)」よりも「どう生きるか(人に優しくとか前向きにという事)」が大切だと考えてきたのですが、生きている素晴らしさを感じると、「どう生きるか」さえ重要ではないと思うようになりました。重要でないからといって、「いい加減でよい」とか「なげやりでいい」ということはありません。「いい」「加減」が必要なのです。

 命は、儚くもあり力強くもあり、とても精妙なものだと思います。今この瞬間に、心臓や肺が動き、血液がめぐり、身体の全ての細胞が機能している有難さと素晴らしさ。生きている事が素晴らしいってことは、人間も含めた生き物すべてが素晴らしいってことです。世の中は生き物だらけなので、世の中も素晴らしいってことになります。「自分自身も素晴らしく、他人も世の中も素晴らしい」との認識の上で、どう生き・何をなし・何になるのかを考えた時、人生の目的が一層クリアになりました。

 私は事故直後から「良かった、有り難い」といった感謝の気持ちが溢れ、「なんで俺だけが」とか「あの運転手がこうしていなければ」といった「悔やみ」や「恨み」の気持ちは全くありませんでした。もしかすると、そのおかげでストレスがたまらず、自然治癒力が増し、回復が早まり、後遺症もでなかったのかもしれません。

交通事故で全治6週間の重傷

 私の母は言語障害と右半身麻痺の症状がなかなか改善しません。埼玉県に脳梗塞を治す医者がいらっしゃると聞き、6月16日(日)に母を連れて行きました。その治療所は大変混んでおり、治療が終わったのは午後8時でした。

 夕食を済ませ、関越自動車道の月夜野インター付近に差し掛かったのは午後10時50分位です。雨が降る中、右カーブを立ち上がると、中央分離帯にフロントから突っ込み、追い越し車線をふさいでいる自損車(事故車)が目に入ってきました。私は走行車線を走っており難なくかわすことができたのですが、周囲の状況から私が第一発見者であると判断できました(自損車のドライバーの証言では、私の前に数台が通過していったそうですが)。車を路肩に寄せ、警察に電話をしたところ、やはり私が第一通報者であったので、現場へ急行してもらうようにお願いし、母に「事故車を助けてくるから待っててくれ」と言って下車し、事故車に駆け寄りました。もう一人の救援者が助手席から発煙筒を取り出していて、運転手は傍らにたたずんでおり、体は大丈夫との事でした。そして、発煙筒を焚こうとした瞬間に、カーブから追い越し車線を走るトラックが現れました。

ファイル 79-1.gif 「ヤバイ、逃げろ」と叫んで、3人は走り出します。トラックのクラクションが聞こえた次の瞬間、私の体に体験した事のない強い衝撃が走りました(今思えば、テレビ番組の衝撃映像のように、ここでビデオカメラが止まってしまったような感覚です)。後の現場検証によると、トラックは時速100㌔で走行しており、ブレーキを踏む間もなく自損車に衝突し、自損車は中央分離帯とは反対の路肩のガードレールまで吹っ飛んでいたそうです。私はその自損車に追突され、道路に叩きつけられたと推測されます。すぐに気が付き(再びビデオカメラのスイッチが入ったような感覚)自分が路上に横たわっていると認識し、「このままでは後続車にひかれる」と思い、自力で路肩のガードレールの外まで避難しました。ここで力尽き、以後二日間は左手以外ほとんど動かす事ができなくなります。救急車で月夜野病院へ搬送していただき、肋骨骨折・肺挫傷・全身打撲等で全治6週間の重傷と診断され、目尻も数針縫いました。幸いな事に、この事故での人的被害は私一人で済みました。

 1週間ほどで肺挫傷も収まり、内蔵・心臓・脳への影響も見られず、ヨチヨチ歩行も可能となった為、24日に退院し、自宅療養中です。

 本日現在では、骨折箇所や首から右肩にかけての痛みの他、和らいだとはいえ全身いたるところに痛みを感じております。後遺症の可能性も指摘されていますので、徐々に社会復帰していこうと考えています。

 また、病院のベットの上で私の人生に於いて非常に大切な事に気付いたので、後日報告いたします。(こういった事故に遭って価値観が変わる人もいますよね。私も今回の事故を前向きにとらえています)

 死んでいても不思議ではなかった事故だと思います。

 人生、何が起こるか分かりませんので、その時々「我が」「まま」に生きていきましょう(「我がまま」ではないですよ)。

5日間の出張

 2週間ほど前に、市町村合併の視察と地方自治セミナー参加のため、岩手と東京に5日間出張しました。

 東京では会場の隣で「東京ビジネスショー」(マスコミにもよく取り上げられています)が開催されており、空き時間に覗いてきました。

 ハイブ長岡の5倍以上あるようなスペース(市外の方は想像できないでしょうが、とにかく広い)にDOCOMOやNECといった企業の派手なブースが所狭しと並んでいます。ブースの周囲では、キャンペーンガールが飲み屋街でのポンビキのようにお客さんに声をかけパンフレットを配布しています。一瞬、「華やかだな~」と感じたのですが、その感情は長続きしませんでした。

 膨大な量のパンフレットを関心のない人にまで配る事によって紙を消費し、音響や照明を駆使する事によってエネルギーを消費し、キャンギャルの人件費や衣装代などをかけて行われているこのイベント。私にとっては過剰とも思えるこのアピールに「ビジネスはここまで来てしまったのか」「こうまでしなくては成り立たなくなってしまったのか」と感じました。最近は、消費を煽るような企業広告が問題となっていますよね。

 さて、ついでに企業の倫理に関して最近思うことを述べます。
企業には社是・社訓や定款があります。そして、これを読んでみると大変立派な事が書いてあります。例えば「我が社は○○の製品を通して、社会が豊になる事に貢献する」等々です。しかし、実際の行動は売上第一主義に陥っている企業が多いのではないでしょうか。雪印にしても、食品の偽装表示を行った企業にしても、政治家と癒着している企業にしても、恐らくは立派な企業理念を掲げているのではないかと推測します。

 原点に戻る事が必要なのでしょう。

 さて、5日間の出張を終えて帰宅し、メールを開いてみてビックリ。なんと40件ものメールが届いていたのです。確かに最近は1日で10件のメールが届く事もありますが、こうやって蓄積したものを見るとゾッとします。過度な情報社会なのかもしれませんね。

茨城県で講演 & 過度な競争社会について

 4月29日、環境問題とその根本原因について、茨城で講演させていただきました。

 10年前に、ある人材教育を受講した時のメンバーが、ここ数年、自宅の庭に友人を招いてパーティーを開催しているのですが、「ただ集まって、飲んで騒いで、楽しかった。というだけではなく、何かプラスアルファが欲しい」ということで、声をかけてもらった次第です。
講演もさることながら、飲んで語り合えた事も大変有意義でした。

 また、私が最初に就職した会社が茨城県だったもので、この機会に友人(同僚)を訪ねてきました。

 当時の彼は "仕事一本やり" って感じだったのですが、最近になって違和感を覚えてきたそうです。仕事をやればやった分だけ幸せになれるような気がしていたらしいのですが、実際は逆にドンドン厳しく・辛くなってきているそうです。

 実は、過度な競争社会(程よい競争ではない)って、そういう事なんだと思います。例えがふさわしいかどうか分かりませんが、一つの事例を挙げてみます。A君は中学校時代にクラスでベスト10の成績を取れていたとします。彼は受験戦争に勝ち残って、進学校に進みます。その高校は同じレベルの人が集まっているので、その中のクラスでベスト10に入るのは中学時代より難しくなります。だからより一層努力しなくてはなりません。でも、A君は更に勝ち残って有名大学へ進んだとします。そこは各地域で勝ち残った人達の集まりなので、その中でベスト10に入るためにはもっと頑張る必要があります。更に更に、就職戦線・出世競争と戦い(競争)は果てしなく続いていくのです。勝ち続けるために、気を休めている暇は有りません。より高度な戦いが待っているからです。そして、そんな日々が永遠と続いていきます。

 でも、最終的に勝ち残れるのは一人(会社で言えば一社)しかいないんですよね。勝ち負けの世界では、勝利者以外のその他99%は脱落者(敗北者)になってしまうのです。脱落が恐くて、もしくは最後の勝利者になりたくて努力している人が多いのではないでしょうか。だからドンドン辛く・厳しくなっていくのだと思います。

 競争ってなんだろう? とか、(競争社会に生まれ育つと、それが当然と思い込んでしまいますが)なぜ競争するのだろう? と考えた時に意外な答えが見つかるかもしれません。

 そんな事を考える余裕もない程頑張っている人にこそ、チョット立ち止まって欲しいものです。

あるコミュニティー誌への寄稿

某誌への寄稿文を掲載します。

予防原則

関 貴志

 私は10年程前から環境問題に関心を持ち、ここ数年は勉強も重ねてきました。

 どんな問題でもそうなのでしょうが、環境問題も深く追求すると実に様々な事に気が付きます。

 その気付きの一つに、現代社会での危機管理能力もしくは予防原則の欠如があります。この観点から私個人を見てみますと、例えば車のスタッドレスタイヤへの履き替えなんかがそれに当たると思うのです。毎年のことなんですが、冬が近づき雪が降ることが分かっていても、ギリギリまで(大抵は一雪降るまで)履き替えません。どうせ履き替えるのだから、安全重視で早めに行えばいい筈なんですが、これができないのです。子供の時分には、少々寒いと思っても厚着しないもので、よく親に「風邪ひくから重ね着しなさい」と注意されたものです。皆さんも日常生活のいろんな場面で感じる事があるのではないかと思います。

 そして、これが社会レベルになった場合は、例えば水俣病・サリドマイド事件・ヤコブ病・薬害エイズ事件といった形で現れます。バブル崩壊後の経済対策や狂牛病もそうですが、実は事件そのものを防いだり又は被害の拡大を防ぐ事ができたのです。危ないという情報(警告)が事前に発せられていたのです。危険を察知していたが対策を講じなかった為に、被害者は国を相手取り裁判を起こしたのです。

 これらの事件は、命の優先順位(重要度)が低下してきていることを物語っているような気がしてなりません。では、命よりも優先度の高いものはなんだったのでしょうか? 考えると、いろいろと浮かんできます。命よりも重要なものがある社会は正常と言えるのでしょうか? 私は、自殺者の増加や凶悪犯罪の増加も、命が軽くなってしまった結果と捉えています。

 さて、地球環境問題で予防原則は発揮されているでしょうか? 答えは否。水俣病や薬害エイズ事件と同じ道をたどっています。これらの事件よりも環境問題のほうが、因果の時間的スパンが長かったり、被害者と加害者の区別がつきにくかったりするために、予防原則の適用がいっそう難しいのです。

 環境省が昨年まとめた環境白書は「人類の活動は地球の限界を突破した」と認識しています。国連のUNEPは「地球温暖化防止は既に手遅れ」との報告書をまとめました。その他にも多数の科学者が既に警告を発しています。地球環境問題は私達や未来世代の生命存続の問題です。過去の過ちを繰り返す訳にはいかないのです。未来世代が国を相手取り環境悪化の責任を追求する事すらできなくなる可能性があります(訴訟の相手は国ではなく、我々の世代か?)。

 では、我々はどうすればよいのか? 答えは笑顔で暮らす事です(笑)。なぜかというと・・・・。理由は次号以降、徐々に述べたいと思います。

ページの制約の為、今回はここまでとなりました。はたして続きを書く事ができるのか? 読者や編集者の反響次第。

またまた温暖化ネタ

 桜の開花が異常に早いというニュースが流れいています。北海道のある湖(毎年凍っている)は、今年はついに凍らなかったそうです。3月の気温は、ほとんどの地域で観測史上最高でした。信濃川の土手には、もう蛾が飛んでいます。

 この現象について、テレビや新聞で原因の解説がなされています。その多くは、シベリア高気圧の勢力が弱かったとか、偏西風がいつもと違ったといった内容で、「今年は特別です」と言っているように聞こえます。
 昨年夏の異常高温の際にもコメントしましたが、本当は何故偏西風が変わってしまったのかを解説して欲しいものです。

勘違い

 今日の午前中は冬囲いの撤去作業。「とくだね」というテレビ番組を見ながら支度をしていたら、地球温暖化について話していました。

 南極の氷が崩落し、その面積は鳥取県位なんだそうです。リポーターが「ペンギンの数なんかも減っていて大変だ」と言っていました。私は「そうそう。もっと全国ネットでいろんな(深刻な)情報を流してくれ! でも、これだけでも良しとせにゃならんかな」などと思いながら注視していました。しかし最後になって「南極の氷が全部溶けると海面が70センチ上昇するんです」と述べ、画面にもそのように表示されているではありませんか。それを見るや否や、私は受話器を握ってしまいました。何故って? 南極の氷が全部溶けると本当は70メートルの海面上昇が起きるからです。70センチでは、視聴者が「たいしたことなさそうだから大丈夫だ」と思ってしまいかねません(70センチの海面上昇でもかなりの影響が出るのですが)。すぐに訂正してもらおうと思い104にダイヤルした瞬間、「はて、この番組はTBSだったかな? フジテレビだったかな?」と迷ってしまいました。そこで、とりあえずTBSに電話しました。
 「本日は休業日です。お急ぎの方は警備員室○○○番までご連絡ください」とのアナウンステープ。警備員室にかけるとプープーと通話中の音。やはり全国から電話が殺到しているのか? 更にリダイヤル。つながった。「あのー、お宅様は只今とくだねっていう番組を放映中ですよね」と聞く私。「はい」と答える警備員。やっぱりTBSだった。番組中での誤りを指摘し、よく調べてみて下さいと言う私。
 番組は進行し次のコーナーに入っている。「はたして番組が終わるまでに訂正できるのだろうか」と心配し、作業そっちのけで全く興味のないスティーブン・スピルバーグ(映画監督)特集を見守っていると、アナウンサーが「ここで訂正があります、先ほどの温暖化の報道のなかで・・・・・」。
 「間に合ってよかった。でも、あの報道の直後にテレビを切ってしまった人は誤解したままだな。テレビ局も環境意識を高めて欲しいものだ」と思う私。テレビではキャスターとコメンテーターが「でも、70メートルって事はこのフジテレビもほとんど沈んじゃいますね」。
「エッ」と私。

 私が間違え、警備員さんも間違えるという二重のミスです。よく考えてみると、警備員さんはTBSの社員ではないでしょうから「○○はお宅の番組ですよね」と言われても、よく分からなかったのではないでしょうか。
 でも、ちゃんと訂正されたって事は、誰かが(おそらく多くの方が)しっかりフジテレビに指摘してくれたのでしょう。心強い限りです。

そろそろ気付きましょう!

 皆さん、変だと思いませんか? 

 何?って、今年の積雪量です。私はここ数日、革靴(ビジネスシューズ)を履き、自転車に乗っています。本日現在、長岡市では殆ど積雪を見ることは出来ません。ここ15年程ずっと暖冬でしたが、それでも2月といえば除雪車が積んでいった雪で交差点(特に狭い道路から広い道路へ出る交差点)での視界がさえぎられ、苦労したものです。ところが今年は、そんな苦労がついに一回もやってきませんでした。既に春の陽気です。

 生活や仕事に気をとられているうちに、温暖化が凄まじいスピードで進行しています。

大発見?

 もう一ヶ月前になりますが、私の中での大発見がありました(大発見にしては書き込みが遅い)。

 年末に「良いお年を」という言葉を交わします(「来年も良い年を過ごしてください」という意味だと思っているのですが、もしかすると「良い年越しを」といった意味なのかもしれませんね)。昨年末も、その言葉が飛び交っていたわけですが、ふと「私は、来年も良い年になることは既に決まっているのに…」と感じました。何故そんな感情が出てきたのか考えてみたところ、ビックリ仰天。

 良い年とは、良い事がたくさんあった年で、悪い年とは悪い事がたくさんあった年ですよね。悪い事とは、自分にマイナスの感情(怒り・悲しみ・愚痴)をもたらした出来事ですよね。
 例えば昨年の一年間。私にもいろいろな事がありました。うまくいかなかった事、悲しかった事、怒った事、その他諸々。多くの出来事には(その瞬間には歓迎できないような出来事でも)その原因となった、若しくはそう感じてしまった自分自身の「言動」「行動」「ものの見方」「感じ方」「とらわれ」「ものさし」があると思っている私は、その原因を探ります(すぐにわかる時もあれば、落ち着いた時にフッとわかる時もありますが)。そして特に、悪い事が起こりマイナスの感情が表れた場合、その自分自身の原因を修正していくことによって、自分の器が広がり、次から同じ過ちを繰り返す事が少なくなるのです(何度も同じ過ちを繰り返した上で修正できる事が多いのですが)。ということは、瞬間的にマイナス(悪い事)でも、長期的には次の成功に近づいたのです。ですから、悪い事から学んだ時,それは良い事へ変わってしまうのです。良い事なのですから、いつまでもクヨクヨしたり、怒っている必要はありません。どんな事からでも学ぶという姿勢で生きた時、自分に起こる出来事は全て良い事になってしまうのです。
 だから、今年もどんな事が起ころうと、私にとっては良い年になるのです。そして、来年も、再来年も・・・・。そして、良い人生になってしまうのです。
そう、今後の私の人生でどんなにひどい事が起こっても、良い人生になる事は既に決まってしまっていたのです。こんなおめでたい発想をどう思いますか?

 表現が難しい話題でした。うまく伝わりましたでしょうか?

母が倒れて感じたこと

  • 2001年12月30日(日) 00時00分
  • 分類:日記
  • 投稿者:admin

 私の母が入院して1カ月以上が経過しましたが、本日現在、意識が戻っていません。命はとりとめそうですが、再発の危険・右半身不随・失語症は覚悟しなくてはならないようです。祖母も介護が必要なので、我が家に2人の要介護者が発生する事になります。「小林正観さん」というコンセプター曰く「この世に悲しい事・つらい事・悩み事という絶対的なものは存在しない。ただ、そう思う心があるだけ・・・」。その通りだと思います。私も今回の件を淡々と受け止めています。それは決して冷たい表現ではありません。母に面会すると涙が出ますし、回復のための呼びかけやマッサージなど、できる事はやっています。
さて、多くの人が経験するであろう身内の不幸(小林正観流に言えば不幸は存在しないので、世間一般に不幸と思われている現象としておきます)に遭遇して感じたことを述べてみたいと思います。

・母は現在59歳です。沢山の方々が「まだ若いのに・・・」とおっしゃいます。日本国内を基準にした場合はそうなんだと思います。しかし、最近のアフガニスタン国民の生活ぶりなどを目にしますと、決して裕福な家庭ではなかったけれど世界の1/4でしかない先進国で生活をし、決して素晴らしいとは言えないが真っ当な子供を無事に3人育てた母は、実は幸せと言えるのではないか?
 また、母が集中治療室に入って数日後、生後数ヶ月の赤ちゃんが隣のベッドに入ってきました。この部屋に入ってくるくらいですから、命の危険にさらされているのでしょう。私の母と同じように体から何本ものチューブがでています。肉親も沈痛な面持ちです。その光景を見た時、何とか救えないものかと思いましたし、この子やその家族と比べれば母や私はまだ幸せだと感じました。何日かして、その子がベッドから消えました。気になったので看護婦さんにどうなったのか聞いたところ「順調に回復したので集中治療室を出た」とのことでした。 ホッ。
・「自分の母には何とか良くなって欲しい」という願いは、もしかすると我がままなのではないだろうか?
 もちろん人情として、自分の母に対する想いはあってしかるべきでしょうし、私も母への想いは特別なものがあります。しかし客観的に見た場合、自分の母にはどうしても助かって欲しくて、AさんやBさんの母は仕方ないんじゃないかと感じることは(極端な言い方ですが)少しおかしいような気がしませんか?
・長寿は本当に幸せか?
 例えば私の母が無事に生還したとします。その後の余命の中で、もし子供が先に亡くなって親が自分の子を見送ることになったら、こんなに辛い事はないと思います。今回の件で、子である私が母を見送るかもしれないと感じた時でさえ、大変悲しくつらい時間でした。ほとんどの場合、子供より早く親が死にます。やっぱりそれが自然の摂理であって、それが今回のタイミングであるなら、それで良いのかもしれません。
・今回、自分自身の感情を見てみると「俺って冷たい人間かな」と思うほど落ち着いています。自分の母親や命に対して、あまりにも執着(とらわれ)を強く持ち過ぎていたならば、混乱したり落ち込んだりしていたのではないかと思います。混乱してしまうと適切な判断ができなくなり、結果的にうまくいきません。
 もし、人間に魂(霊魂)があるならば、母は自分が倒れた事によって息子が落ち込んでいる姿を喜んでいるとは思えません。逆に、自分(母)がいなくても一生懸命・精一杯生きている姿を見れば安心(喜び)してくれるのではないかと思います。

しし座流星群を見た。  その3日後、母倒れる。

  • 2001年11月28日(水) 00時00分
  • 分類:日記
  • 投稿者:admin

 11月19日未明のしし座流星群を見てきました。ここ数年、天気の良い県外へ出かけ、毎年チャレンジしてきましたが、ハヅレ続きでしたので「今年こそ」と勝手に気合を入れて、茨城県まで行ってきました。一晩で9千個、ピーク時で1時間に3~5千個が流れ、一生に一度しか出会えないかもしれない光景に感動しました。宇宙の圧倒的な広大さや、それに比べての私や人間の小ささなんかも噛み締めて帰ってきました。

 その3日後の11月22日。母が「くも膜下出血」で入院。何とか命は取り留めそうですが、後遺症は覚悟しなくてはならないようです。今現在も集中治療室に入っています。この件でいろいろと感じたこともありますが、それは後日述べさせていただきます。

暴言? 米同時多発テロについて

  • 2001年09月15日(土) 00時00分
  • 分類:日記
  • 投稿者:admin

 4日前。アメリカで大変なテロが起こりましたね。マスコミ報道によれば、このテロは「民主主義への挑戦」であり「罪もない市民が犠牲になった」との認識が全世界に広がっているようです。そして、近いうちに報復攻撃が決行される様相です。報復合戦が始まるかもしれません。
 さて、以下に述べる私の感想は、かなりの暴言かもしれません。今回のテロは、勿論、許されざる行為です。非常に悲しむべき結果です。そして、テロリスト達は悪人・罪人です。それが一般的な考えです。私自身もそう思っていますが、と同時に、視点を変えてみたときに、また別の思いが広がります。

 今回のテロは「民主主義への挑戦」だそうです。その背景には、民主主義が絶対的なシステムであるとの認識があるのでしょう。それはそれで良いし、私もそう思っています。
 民主主義ではテロのような問題解決手段は許されません。なぜなら、お互いに話し合い、議論することによって(互いが納得した形で)問題を解決していくのが民主主義だからです。ですからその民主主義のルールを破ったテロ集団は許せないという事になっているのでしょう。
 では、アメリカをはじめとする先進国は、本当に民主主義的に振舞ってきたのでしょうか? 民主主義とは多数決であるとの認識が広がっているように思われます。それはそれで良いのですが、もっと大事な事が忘れられているような気がしてなりません。それは「相手の気持ちを理解する心」です。それがなくては、どんなに議論しても平行線のままで、ストレスがたまるだけです。そして時として今回のようになってしまうのです。
 再度言いますが、今回のテロを起こした組織は許されるものではありません。しかし、結果的にわだかまりを残してしまうような交渉(話し合い)しか出来なかったアメリカは、本当に民主主義的に振舞ってきたのでしょうか? 
今現在は「テロ組織が一方的に悪く、これへの徹底的な報復が必要」と多くの人が感じているようです。しかし、先進国が私が述べたような視点を持たない限り、根本的な解決には結びつかないのではないでしょうか。

 「罪もない市民が巻き込まれた」と報道されています。こういった形で亡くなった方を思うと、私自身やりきれませんし、ご家族の心中も察する事が出来ます。
 しかし、本当に「罪もない」なんでしょうか? テロリスト達がここまでの行動に出ざるを得ないところまで追い込んだ国際交渉を行ってきた政治家を選んだのは誰なんでしょうか? 「罪」と書くより「責任」と書いたほうがしっくりきますが、ここのところもよく考えてみないと今後も同じ過ちが繰り返されるのではないでしょうか。

 「死者が数千人になる見込み」だそうです。私は、今回のテロは国際社会の歪みといいますか、世界の社会・経済の歪んだ仕組みが生んだ出来事として捉えています。そして一方で、その国際社会の歪みによって、発展途上国では一日に3万人~5万人が飢餓で亡くなっています。富(お金)や食糧の分配にかたよりがあるからです。
 国際社会の歪みという同じ原因でありながら、先進国の国民が数千人亡くなるとこのような報道がなされ、発展途上国の国民が数万人亡くなっても(それも毎日)ほとんど報道されません。現在の世界は、人口にして1/5しか占めない先進国の理論(物事の見方)が幅を効かせ過ぎているのではないでしょうか。

最近の天気予報について

  • 2001年08月07日(火) 00時00分
  • 分類:日記
  • 投稿者:admin

 暑い毎日が続いています。明らかに地球温暖化です。水不足が始まり、農作物への被害もでてきました。

 しか~し、このところの天気予報では「この暑さは南太平洋の海流の変化が原因です」とか「インド洋の海流の変化が原因です」といったコメントしかしておりません。国連のIPCCでさえ人類の経済活動等が原因で温暖化が起こっていると結論付けています。なぜ、日本の報道機関は「この暑さは地球温暖化によるものです」と言えないのでしょうか? やっぱりスポンサーである産業界の意向なんでしょうか? 

 アメリカが温暖化防止のための京都議定書から離脱した理由として、経済が衰退することを挙げています(温暖化ガスである二酸化炭素の排出量を削減することは産業活動を縮小させることになるのです)。日本も京都議定書への批准に決して積極的とはいえません。
ってことはやはり・・・・。