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あるコミュニティー誌への投稿(テーマ:男と女)

 「男女」のように、反語が対になっているものは、善悪・正誤・賛否・老若・明暗・上下・表裏・貧富・真偽・生死など数多い。これらに共通しているのは、「片方を理解しようとすれば反対も理解しなくてはならない(仮に、これをAパターンとする)」、若しくは「片方を完璧に理解すると反対も理解できる(これをBパターンとする)」といった事ではないかと思う。例えば「真偽」においてのAパターンは、真と偽を両方見るから真偽の違いが分かるって事だし、Bパターンは、真を完璧に理解できるから、それ以外は偽だと分かるって事のような気がする。

 ちょっと別の角度からみてみよう。 Aパターン:すごく貧しい家庭に生まれたけれども、経済的に成功した人。若しくは裕福な家庭に生まれたけど財産を食い潰して苦労している人。こんな人で、(貧富は関係なく)結構素敵に生きている人がいる。そんな人は、両極を経験したからこそ、貧でも富でもない人生の本質(真実)を知ってしまった人なのではないか。 片やBパターン:何十年も同じ仕事しかしない職人さんで、人生を卓見している人がいる。この方は、一つの職を極める事によって人生の本質を知ってしまったのではないか。

 さて、男女間のトラブルを耳にする機会も多いが、その多くは「相手の気持ちを理解できない」ことが原因なのではないか(これは男女に限らず同性でも言えることだが)。男女が互いを理解するとしたら、Aパターン(男が女を経験する。又はその逆)は有り得ないので、必然的にBパターンになってしまう。つまり、女は女を極め、男は男を極めるということだ。確かに、もの凄~く女らしい人は男を良く分かっているような気がするし、もの凄~く男らしい人は女を良く分かっているような気がする(女らしさ・男らしさには議論があると思うが)。でもチョット待て。もう一つCパターンがあるではないか。

 Cパターンとは、いきなり本質を理解する方法である。このパターンは、どんな事にも適用され、最も効率の良い方法ではないのだろうか。「男女」に当てはめれば、異性を理解するとか男を極めるということではなく、ズバリ人間そのものを理解してしまうのである。人間そのものが理解できれば、男女だろうが世代だろうが国籍だろうが全く関係なし(但し、理解できるという事と、自分がそうする事は別物)。

 さてさて、では人間そのものを理解しようと考えると、自分に一番近く・研究しやすい対象は、実は自分自身である。人は皆、自分の事はよく分かるって言う。「私はこんな性格です」と言う。「じゃあ、なんでそんな性格になったの? 生まれた時は純真無垢だったよね」と尋ねると、「???」。自分を知る事は、自分のルーツを知る事。そして、本当に自分(人間)を知っているのであれば、その人に人間関係のトラブルは起きづらくなる。自分のルーツを知ると、我が子のように自分が愛しくなる。自分を愛した時、他人を愛すこともできる。自分という人間を認められた時、他人も認められる。自分を信じられた時、他人も信じられる。

 さあ、自分自身(人間)を研究しよう!

レジにて

 皆さん経験済みだと思いますが。

 スーパーなどでの買い物の際、レジ待ちの列に並んでいると、隣のレジがオープンして自分より後ろの人が先にレジに入るという経験。車の割り込みなんかも同じ状況ではないでしょうか。

 私は心が狭いため、些細な事なのに嫌~な気分になってしまいます。そんなに急いでいる訳ではないのに、何故か時間や順番にとらわれてしまいます。そして、嫌~な気分になった自分自身を嫌になってしまうという「嫌なスパイラル」に入り込みます。
 
 「本質的には、この世に良い・悪はない」という言葉を聞くことがありますが、私は十分に理解し実践する事が出来ていません。そこで、今のところの妥協点として、「良い・悪いはあるが、そう判断することと感情(怒りなど)を直結させるのは自分自身の問題である」と考えるようにしました。通常、悪い事に出会ったら(悪いと判断したら)自動的に怒りの感情が湧いてきますので、あたかもセットになっているように感じてしまいます。そして、「悪い事に対しては怒って当然」と思い込んでしまいます。しかし、本当にそうでしょうか? よーく考えてみると、悪いという判断と怒りの感情は別物だと気付きました。自分自身の物事の判断基準(ものさし)を持つのはいいのですが、強く持ち過ぎると感情をコントロールできなくなるようです。「怒る」と「叱る」の違いでしょうか。「正義と正義感の違い」と表現した方もいらっしゃいます。

 目の前の出来事を良い・悪いと判断しながらも、怒りの感情に流されない生き方を目指しています。

山梨で講演

 今月17日に山梨県甲府市で環境問題の講演をしました。16日は市政勉強会で財政・社会問題の発表をしましたので、初の二日連続講演となりました。それぞれ違うテーマでの講演だったので、資料の整理に時間がかかりましたが、こんな事でもないと整理しないので助かりました。

 さて、山梨の会は一人の親友の主催でしたが、17人も集まってくださいました。ちょっと声を掛けただけらしいのですが、凄いものです(それも、全員が何の話しかを知らずに来ていた)。彼の日頃の生き様の結果でしょう。想いって、伝わる時には伝わるものなんですね。

 さて、今回のように一声掛けて沢山の人が集まるなんて事は、そう簡単には体験できないのではないでしょうか。皆さんは「いざ」という時にどれだけの人が集まってくれそうですか? 実は私、以前にその事を考えた時、自分が非常に寂しい状況だということに気付き愕然としました。そして、その寂しい状況を作り出したのは、当然ながら自分自身であったのです。自分自身の過去の選択(生き方)の結果が現れていたのです。

 以来、少しだけ心を入れ替えて現在に至っていますが、それでも人間関係やコミュニケーションの質が上がったようで、とても素敵な環境(人間関係)に居ます。周囲の人もそう思っているのかは不明ですが・・・(笑)。少しの変化が大きな違いになったのかもしれません。

暴言Ⅱ?   北朝鮮との外交について

 昨年9・11のテロ直後に書いた暴言に続く第2弾です。

 テロ以降、怒りが怒りを呼び、更に新たな怒りが発生する。疑念が疑念を呼び、更に新たな疑念が発生する、という状況になっていますね。

 昨年の暴言を書いた時には、私のような考えがマスメディアから流れてくる事はありませんでしたが、時間の経過と共に、この考えを持つ人が取り上げられるようになってきました。さて、今回はどうか? 我ながら、前回以上の暴言であろうと思われます。

 前回のアルカイダ同様、北朝鮮の行った事は許されない事でありますし、長年にわたる被害者及びその家族の精神的苦痛を思うと、私の心も痛んでいるという前提でのコメントです。

 先日、某ニュース番組で、現在帰国中の拉致被害者の方々を北朝鮮に帰すべきかどうかのアンケート調査の結果を放送していました。それによると、「帰すべきでない」が80%、「帰すべき」が10%で、圧倒的多数の人たちが現在の状態を良しと判断しているようです。

 ところが私はチョット違って(だから暴言なのですが)、次の二つの理由から帰すべきと考えます。①二組の夫婦は、北朝鮮に残した子供には「10日間くらい旅行に出る」旨の説明しかしていないと聞いています。ですから、子供が気になるといった発言もされていますよね。親心を考えると、本当は気になって仕方がないのではないかと推察されます。また、残された子供がしっかりした説明を受けていないのであれば、安否を気遣い不安な日々を過ごしているに違いありません。だとすれば、日本人拉致被害者とその家族が味わったものと同じ悲しみを子供に与えている日本は、北朝鮮を批判する資格があるのだろうか? ②拉致した事は罪深いし、また北朝鮮が日本との国交正常化の必要に迫られているとはいえ、24年間事実無根と言ってきた拉致と被害者の帰国を認めたことは評価してあげなくてはならないと思います。北朝鮮がやっとここまで軟化してきたのに(渋々の筈です)、日本が10月28日に帰すという約束を守らない事によって、再び北朝鮮が硬化する恐れがあると考えます。その場合、死亡したと伝えられた方々の調査にも影響が出てくるものと考えます。(カチンと来た方、ゴメンなさい)

 更に暴言度をアップさせましょう。

 そもそも何故、解決に24年もかかったのでしょうか。それは、日本が「北朝鮮は許さない、悪だ」と言い続けてきたからなのではないかと思います。(この辺で我慢の限界を感じた方、ゴメンなさい) 子供の頃に経験した人も多いと思いますが、何かの失敗をして、親や教師から「やったのはお前か」と問われても「ハイ」と答えたら怒られるのが明らかな場合、「私じゃない」と言ってしまう心理状態がありますよね。もし、北朝鮮に対して「拉致は悪い事であるが、罪を憎んで人(国)を憎まずだ。どんな事実であろうとも責任を追及しないので、正直に全てを明らかにして欲しい」というスタンスで臨んでいたら、拉致問題はもっと早く解決していたかもしれません。

 もし、北朝鮮が一部で言われているように「ならずもの国家」であるなら、例えたら、わがままな子供みたいなものかもしれません。もし日本が大人の国家であるなら、子供をコントロールし、教育する役割があるのではないかと考えます。その場合、怒るのではなくて、叱る事が必要なのではないでしょうか。「怒る」は感情任せの行為ですが、「叱る」は愛情や許しが入った行為です。

 許すって事は個人でも国家でも大変な事ですね。でも、許した方がうまくいったり、楽になることも多いのではないでしょうか。

 この問題を語り尽くすには、「大人とは・子供とは」「善・悪とは」「怒りとは」などを議論しなくてはなりませんが、今回はご容赦の程を。

 外交は拉致問題だけではないし、私自身が断片的な情報しか持ちえていない中でのコメントであることをご了承ください。

事故報告Ⅱ  -おまけー

 病院に搬送され、救急処置の後、ベッドの上に4時間ほど寝ていると、打撲の痛みと、姿勢を変えられない(寝返りが打てない)ことによる痛みが腰から背中に襲ってきて辛くなり、看護婦さんに「ベッドの角度を変えて上半身を起こせませんか」とか「せめて腰の下に枕でもあててもらえませんか」とお願いしてみたのですが、とにかく朝の精密検査までは安静にしなくてはならないとのことで、耐えるしかありませんでした。これが非常に苦しい。めったに弱音を吐かない私ですが、呼吸に合わせて呻き声が出てしまいました。感じる本人によるのでしょうが、「生き地獄」とはこんな感覚なのかもしれません。

 しかし、この時思ったのです。「戦争の時の野戦病院には、足がちぎれる等、私よりもっと重傷な人が担ぎ込まれ、現代医学や日本の医療よりも劣った状況で、満足な痛み止めもなく喘ぎ苦しんでいる人がいる(いた)のだろうな」。原爆投下後の病院で、不衛生な為に体から「うじ虫」が湧いた患者さんの写真を見たことがありますが、「この人達はさぞ辛かったんだろうな」と。
その人達に比べれば私の苦しみなんて微々たるものでしょうが、それでもやっぱり辛かったです。

 いろいろとお世話してくれる看護婦さん達は、私に対し二通りの反応を示してくれました。一つは「関さん、高速道路の事故でこの程度の怪我で済むなんて運が良かったね~」という反応。もう一つは「関さん、人を助けに行って、あんただけが怪我するなんて運が悪いね~」です。私の症状や、事故に遭った状況は同じ (事実があるだけ)であるのに、看護婦さんによって「良かった」と感じる方と「悪かった」感じる方がいたのです。物事には全て表裏(二面性)があるものだと思います。そのどちらを見るのかによって、人生もずいぶん変わってくるのかもしれません。

 人間は、自分の死を認識できないと思います。「死にそうだ」ということは分かっても、今死んだということは分かりません。死ぬと同時に意識もなくなるからです。ですから、死にそうな恐怖はあるかもしれませんが、死の恐怖は存在しないのではないかと感じました。

事故報告  ―気付いた事―

 先日、自損車のドライバーがお見舞いに来てくれ、事故直後の様子を聞く事ができました。

 私は路上に倒れていたのではなく、中央分離帯ガードレールのすぐ脇に倒れていたそうです。自損車に激突したトラックは、それでも止まらず直進していたという事なので、少しずれて走行車線に放り出されていたら、トラックにひかれていたでしょうし、逆方向にずれてガードレールに激突していても、今こうして文章を作っていなかったのではないかと思います。とても絶妙(微妙)な位置に倒れていたということです。

 それに、倒れていた位置から推測すると、自損車を吹っ飛ばした後のトラックに直接跳ねられた可能性もあるようです。いずれにしても知れば知る程、生きているのが奇跡というような気持ちになってきます。

 さて、この事故は私にとって大変意義深いものとなりました。いつか私が本当に死ぬ時(今回は仮想死か)に自分の人生を振り返るのであれば、大きなターニングポイントになっているのかもしれません。

 今回、親の存在を強く意識しました。

 事故の瞬間、母は私の車に乗っており、大きな激突音を聞いたはずです。しかし、半身不随のため、振り返る事ができず(自損車前方の路肩に駐車していました)さぞかし心配だったことでしょう。

 路肩のガードレールの外に退避し倒れている私を、後続車から降りてきてくれたであろう女性が介護してくれました。私はまず「俺は大丈夫だから、早く発煙筒を焚いて」と頼み、その後「この先の長岡ナンバーのシビックに母が乗っている。言語障害だが、ゆっくりと話せば幾らかは理解できるので状況を説明してきて欲しい。その際、私の命に別状はない事と、警察に頼んで私の搬送される病院に車を持って来て貰うようにお願いするから、安心してそのまま乗っているように伝えて下さい」とお願いしました。後に警察から聞いた話では、私の車を移動させようと車に乗り込もうとした時に、母は必死に外に出ようとしていたそうです。

 病院で応急手当を終えICU(集中治療室)に移動する際(首もほとんど動きません)、視界の端に車椅子に乗る母の姿が見えました。左手と左足で車椅子をこぐ母が、ゆっくりと(本人にとっては全力だったと思いますが)近づいてきます。言葉を話せないので、涙を流しながら口を動かしていました。私は「心配ない。大丈夫」と言って、痛む右手で(右側に寄って来てくれたので)母の左手を握りました。

 父が母を連れて帰った後、息子のこんな状況に出くわした母の辛さを思いやった時、「親に心配かけてはいかんな。俺の親は子のためなら死んでくれるんだろうな。自分の命を投げ打っても、子を守りたいんだろうな」との思いが湧いてきて、私の目からも涙が流れました。

 死んでいたかもしれないと思うと、自分自身の人生を振り返ってしまいます。その時に感じたのは、「人生はドラマのようなもので、登場人物の皆さん(たとえ悪役でも)には感謝しかない」ということです。テレビのドラマや映画を見て面白く感じるのは、主役がいろいろな場面に遭遇し喜怒哀楽を表現するからではないでしょうか。最初から最後まで楽しく・うまくいく話だけではなく、辛い事や困難に遭遇することでストーリーが成り立つのではないでしょうか。

 そういった見方をすると、私を怒らせてくれたAさん、私を悩ませてくれたBさん、悲しませてくれたCさんも、実は「関たかし劇場」が充実する為に必要な人たちだったのです。つまり、出逢う人たち全てに感謝なんですね。
これから先の人生も、いろいろな事が起こるでしょうが、人生劇場の終わりには全て感謝に変わると分かり、力まずに生きてゆけそうです。

 そして、そんな気持ちになってくると、「私は、今まで感謝の気持ちを伝えてきただろうか? いや、だいたい感謝だなんてことすら感じていなかった」ということが分かってきます。

 これまで私は、人に感謝される生き方を目指してきました。それはそれで結構な事なんですが、これからは人に感謝する生き方を目指したいと思います。本当に死ぬ時に後悔しないためにも・・・・。

 生きている事って素晴らしい事です。

 分かっていたことですが、今回はそれを感じる事ができました。「分かる」と「感じる」と「できる」の違いって大きいですよね。

 私は今まで、人間は「何になる(社長になるとか偉くなるという肩書きの事)」とか「何をする(何かをやり遂げる、人のためにするという事)」よりも「どう生きるか(人に優しくとか前向きにという事)」が大切だと考えてきたのですが、生きている素晴らしさを感じると、「どう生きるか」さえ重要ではないと思うようになりました。重要でないからといって、「いい加減でよい」とか「なげやりでいい」ということはありません。「いい」「加減」が必要なのです。

 命は、儚くもあり力強くもあり、とても精妙なものだと思います。今この瞬間に、心臓や肺が動き、血液がめぐり、身体の全ての細胞が機能している有難さと素晴らしさ。生きている事が素晴らしいってことは、人間も含めた生き物すべてが素晴らしいってことです。世の中は生き物だらけなので、世の中も素晴らしいってことになります。「自分自身も素晴らしく、他人も世の中も素晴らしい」との認識の上で、どう生き・何をなし・何になるのかを考えた時、人生の目的が一層クリアになりました。

 私は事故直後から「良かった、有り難い」といった感謝の気持ちが溢れ、「なんで俺だけが」とか「あの運転手がこうしていなければ」といった「悔やみ」や「恨み」の気持ちは全くありませんでした。もしかすると、そのおかげでストレスがたまらず、自然治癒力が増し、回復が早まり、後遺症もでなかったのかもしれません。

交通事故で全治6週間の重傷

 私の母は言語障害と右半身麻痺の症状がなかなか改善しません。埼玉県に脳梗塞を治す医者がいらっしゃると聞き、6月16日(日)に母を連れて行きました。その治療所は大変混んでおり、治療が終わったのは午後8時でした。

 夕食を済ませ、関越自動車道の月夜野インター付近に差し掛かったのは午後10時50分位です。雨が降る中、右カーブを立ち上がると、中央分離帯にフロントから突っ込み、追い越し車線をふさいでいる自損車(事故車)が目に入ってきました。私は走行車線を走っており難なくかわすことができたのですが、周囲の状況から私が第一発見者であると判断できました(自損車のドライバーの証言では、私の前に数台が通過していったそうですが)。車を路肩に寄せ、警察に電話をしたところ、やはり私が第一通報者であったので、現場へ急行してもらうようにお願いし、母に「事故車を助けてくるから待っててくれ」と言って下車し、事故車に駆け寄りました。もう一人の救援者が助手席から発煙筒を取り出していて、運転手は傍らにたたずんでおり、体は大丈夫との事でした。そして、発煙筒を焚こうとした瞬間に、カーブから追い越し車線を走るトラックが現れました。

ファイル 79-1.gif 「ヤバイ、逃げろ」と叫んで、3人は走り出します。トラックのクラクションが聞こえた次の瞬間、私の体に体験した事のない強い衝撃が走りました(今思えば、テレビ番組の衝撃映像のように、ここでビデオカメラが止まってしまったような感覚です)。後の現場検証によると、トラックは時速100㌔で走行しており、ブレーキを踏む間もなく自損車に衝突し、自損車は中央分離帯とは反対の路肩のガードレールまで吹っ飛んでいたそうです。私はその自損車に追突され、道路に叩きつけられたと推測されます。すぐに気が付き(再びビデオカメラのスイッチが入ったような感覚)自分が路上に横たわっていると認識し、「このままでは後続車にひかれる」と思い、自力で路肩のガードレールの外まで避難しました。ここで力尽き、以後二日間は左手以外ほとんど動かす事ができなくなります。救急車で月夜野病院へ搬送していただき、肋骨骨折・肺挫傷・全身打撲等で全治6週間の重傷と診断され、目尻も数針縫いました。幸いな事に、この事故での人的被害は私一人で済みました。

 1週間ほどで肺挫傷も収まり、内蔵・心臓・脳への影響も見られず、ヨチヨチ歩行も可能となった為、24日に退院し、自宅療養中です。

 本日現在では、骨折箇所や首から右肩にかけての痛みの他、和らいだとはいえ全身いたるところに痛みを感じております。後遺症の可能性も指摘されていますので、徐々に社会復帰していこうと考えています。

 また、病院のベットの上で私の人生に於いて非常に大切な事に気付いたので、後日報告いたします。(こういった事故に遭って価値観が変わる人もいますよね。私も今回の事故を前向きにとらえています)

 死んでいても不思議ではなかった事故だと思います。

 人生、何が起こるか分かりませんので、その時々「我が」「まま」に生きていきましょう(「我がまま」ではないですよ)。

5日間の出張

 2週間ほど前に、市町村合併の視察と地方自治セミナー参加のため、岩手と東京に5日間出張しました。

 東京では会場の隣で「東京ビジネスショー」(マスコミにもよく取り上げられています)が開催されており、空き時間に覗いてきました。

 ハイブ長岡の5倍以上あるようなスペース(市外の方は想像できないでしょうが、とにかく広い)にDOCOMOやNECといった企業の派手なブースが所狭しと並んでいます。ブースの周囲では、キャンペーンガールが飲み屋街でのポンビキのようにお客さんに声をかけパンフレットを配布しています。一瞬、「華やかだな~」と感じたのですが、その感情は長続きしませんでした。

 膨大な量のパンフレットを関心のない人にまで配る事によって紙を消費し、音響や照明を駆使する事によってエネルギーを消費し、キャンギャルの人件費や衣装代などをかけて行われているこのイベント。私にとっては過剰とも思えるこのアピールに「ビジネスはここまで来てしまったのか」「こうまでしなくては成り立たなくなってしまったのか」と感じました。最近は、消費を煽るような企業広告が問題となっていますよね。

 さて、ついでに企業の倫理に関して最近思うことを述べます。
企業には社是・社訓や定款があります。そして、これを読んでみると大変立派な事が書いてあります。例えば「我が社は○○の製品を通して、社会が豊になる事に貢献する」等々です。しかし、実際の行動は売上第一主義に陥っている企業が多いのではないでしょうか。雪印にしても、食品の偽装表示を行った企業にしても、政治家と癒着している企業にしても、恐らくは立派な企業理念を掲げているのではないかと推測します。

 原点に戻る事が必要なのでしょう。

 さて、5日間の出張を終えて帰宅し、メールを開いてみてビックリ。なんと40件ものメールが届いていたのです。確かに最近は1日で10件のメールが届く事もありますが、こうやって蓄積したものを見るとゾッとします。過度な情報社会なのかもしれませんね。

茨城県で講演 & 過度な競争社会について

 4月29日、環境問題とその根本原因について、茨城で講演させていただきました。

 10年前に、ある人材教育を受講した時のメンバーが、ここ数年、自宅の庭に友人を招いてパーティーを開催しているのですが、「ただ集まって、飲んで騒いで、楽しかった。というだけではなく、何かプラスアルファが欲しい」ということで、声をかけてもらった次第です。
講演もさることながら、飲んで語り合えた事も大変有意義でした。

 また、私が最初に就職した会社が茨城県だったもので、この機会に友人(同僚)を訪ねてきました。

 当時の彼は "仕事一本やり" って感じだったのですが、最近になって違和感を覚えてきたそうです。仕事をやればやった分だけ幸せになれるような気がしていたらしいのですが、実際は逆にドンドン厳しく・辛くなってきているそうです。

 実は、過度な競争社会(程よい競争ではない)って、そういう事なんだと思います。例えがふさわしいかどうか分かりませんが、一つの事例を挙げてみます。A君は中学校時代にクラスでベスト10の成績を取れていたとします。彼は受験戦争に勝ち残って、進学校に進みます。その高校は同じレベルの人が集まっているので、その中のクラスでベスト10に入るのは中学時代より難しくなります。だからより一層努力しなくてはなりません。でも、A君は更に勝ち残って有名大学へ進んだとします。そこは各地域で勝ち残った人達の集まりなので、その中でベスト10に入るためにはもっと頑張る必要があります。更に更に、就職戦線・出世競争と戦い(競争)は果てしなく続いていくのです。勝ち続けるために、気を休めている暇は有りません。より高度な戦いが待っているからです。そして、そんな日々が永遠と続いていきます。

 でも、最終的に勝ち残れるのは一人(会社で言えば一社)しかいないんですよね。勝ち負けの世界では、勝利者以外のその他99%は脱落者(敗北者)になってしまうのです。脱落が恐くて、もしくは最後の勝利者になりたくて努力している人が多いのではないでしょうか。だからドンドン辛く・厳しくなっていくのだと思います。

 競争ってなんだろう? とか、(競争社会に生まれ育つと、それが当然と思い込んでしまいますが)なぜ競争するのだろう? と考えた時に意外な答えが見つかるかもしれません。

 そんな事を考える余裕もない程頑張っている人にこそ、チョット立ち止まって欲しいものです。

あるコミュニティー誌への寄稿

某誌への寄稿文を掲載します。

予防原則

関 貴志

 私は10年程前から環境問題に関心を持ち、ここ数年は勉強も重ねてきました。

 どんな問題でもそうなのでしょうが、環境問題も深く追求すると実に様々な事に気が付きます。

 その気付きの一つに、現代社会での危機管理能力もしくは予防原則の欠如があります。この観点から私個人を見てみますと、例えば車のスタッドレスタイヤへの履き替えなんかがそれに当たると思うのです。毎年のことなんですが、冬が近づき雪が降ることが分かっていても、ギリギリまで(大抵は一雪降るまで)履き替えません。どうせ履き替えるのだから、安全重視で早めに行えばいい筈なんですが、これができないのです。子供の時分には、少々寒いと思っても厚着しないもので、よく親に「風邪ひくから重ね着しなさい」と注意されたものです。皆さんも日常生活のいろんな場面で感じる事があるのではないかと思います。

 そして、これが社会レベルになった場合は、例えば水俣病・サリドマイド事件・ヤコブ病・薬害エイズ事件といった形で現れます。バブル崩壊後の経済対策や狂牛病もそうですが、実は事件そのものを防いだり又は被害の拡大を防ぐ事ができたのです。危ないという情報(警告)が事前に発せられていたのです。危険を察知していたが対策を講じなかった為に、被害者は国を相手取り裁判を起こしたのです。

 これらの事件は、命の優先順位(重要度)が低下してきていることを物語っているような気がしてなりません。では、命よりも優先度の高いものはなんだったのでしょうか? 考えると、いろいろと浮かんできます。命よりも重要なものがある社会は正常と言えるのでしょうか? 私は、自殺者の増加や凶悪犯罪の増加も、命が軽くなってしまった結果と捉えています。

 さて、地球環境問題で予防原則は発揮されているでしょうか? 答えは否。水俣病や薬害エイズ事件と同じ道をたどっています。これらの事件よりも環境問題のほうが、因果の時間的スパンが長かったり、被害者と加害者の区別がつきにくかったりするために、予防原則の適用がいっそう難しいのです。

 環境省が昨年まとめた環境白書は「人類の活動は地球の限界を突破した」と認識しています。国連のUNEPは「地球温暖化防止は既に手遅れ」との報告書をまとめました。その他にも多数の科学者が既に警告を発しています。地球環境問題は私達や未来世代の生命存続の問題です。過去の過ちを繰り返す訳にはいかないのです。未来世代が国を相手取り環境悪化の責任を追求する事すらできなくなる可能性があります(訴訟の相手は国ではなく、我々の世代か?)。

 では、我々はどうすればよいのか? 答えは笑顔で暮らす事です(笑)。なぜかというと・・・・。理由は次号以降、徐々に述べたいと思います。

ページの制約の為、今回はここまでとなりました。はたして続きを書く事ができるのか? 読者や編集者の反響次第。

またまた温暖化ネタ

 桜の開花が異常に早いというニュースが流れいています。北海道のある湖(毎年凍っている)は、今年はついに凍らなかったそうです。3月の気温は、ほとんどの地域で観測史上最高でした。信濃川の土手には、もう蛾が飛んでいます。

 この現象について、テレビや新聞で原因の解説がなされています。その多くは、シベリア高気圧の勢力が弱かったとか、偏西風がいつもと違ったといった内容で、「今年は特別です」と言っているように聞こえます。
 昨年夏の異常高温の際にもコメントしましたが、本当は何故偏西風が変わってしまったのかを解説して欲しいものです。

勘違い

 今日の午前中は冬囲いの撤去作業。「とくだね」というテレビ番組を見ながら支度をしていたら、地球温暖化について話していました。

 南極の氷が崩落し、その面積は鳥取県位なんだそうです。リポーターが「ペンギンの数なんかも減っていて大変だ」と言っていました。私は「そうそう。もっと全国ネットでいろんな(深刻な)情報を流してくれ! でも、これだけでも良しとせにゃならんかな」などと思いながら注視していました。しかし最後になって「南極の氷が全部溶けると海面が70センチ上昇するんです」と述べ、画面にもそのように表示されているではありませんか。それを見るや否や、私は受話器を握ってしまいました。何故って? 南極の氷が全部溶けると本当は70メートルの海面上昇が起きるからです。70センチでは、視聴者が「たいしたことなさそうだから大丈夫だ」と思ってしまいかねません(70センチの海面上昇でもかなりの影響が出るのですが)。すぐに訂正してもらおうと思い104にダイヤルした瞬間、「はて、この番組はTBSだったかな? フジテレビだったかな?」と迷ってしまいました。そこで、とりあえずTBSに電話しました。
 「本日は休業日です。お急ぎの方は警備員室○○○番までご連絡ください」とのアナウンステープ。警備員室にかけるとプープーと通話中の音。やはり全国から電話が殺到しているのか? 更にリダイヤル。つながった。「あのー、お宅様は只今とくだねっていう番組を放映中ですよね」と聞く私。「はい」と答える警備員。やっぱりTBSだった。番組中での誤りを指摘し、よく調べてみて下さいと言う私。
 番組は進行し次のコーナーに入っている。「はたして番組が終わるまでに訂正できるのだろうか」と心配し、作業そっちのけで全く興味のないスティーブン・スピルバーグ(映画監督)特集を見守っていると、アナウンサーが「ここで訂正があります、先ほどの温暖化の報道のなかで・・・・・」。
 「間に合ってよかった。でも、あの報道の直後にテレビを切ってしまった人は誤解したままだな。テレビ局も環境意識を高めて欲しいものだ」と思う私。テレビではキャスターとコメンテーターが「でも、70メートルって事はこのフジテレビもほとんど沈んじゃいますね」。
「エッ」と私。

 私が間違え、警備員さんも間違えるという二重のミスです。よく考えてみると、警備員さんはTBSの社員ではないでしょうから「○○はお宅の番組ですよね」と言われても、よく分からなかったのではないでしょうか。
 でも、ちゃんと訂正されたって事は、誰かが(おそらく多くの方が)しっかりフジテレビに指摘してくれたのでしょう。心強い限りです。

そろそろ気付きましょう!

 皆さん、変だと思いませんか? 

 何?って、今年の積雪量です。私はここ数日、革靴(ビジネスシューズ)を履き、自転車に乗っています。本日現在、長岡市では殆ど積雪を見ることは出来ません。ここ15年程ずっと暖冬でしたが、それでも2月といえば除雪車が積んでいった雪で交差点(特に狭い道路から広い道路へ出る交差点)での視界がさえぎられ、苦労したものです。ところが今年は、そんな苦労がついに一回もやってきませんでした。既に春の陽気です。

 生活や仕事に気をとられているうちに、温暖化が凄まじいスピードで進行しています。

大発見?

 もう一ヶ月前になりますが、私の中での大発見がありました(大発見にしては書き込みが遅い)。

 年末に「良いお年を」という言葉を交わします(「来年も良い年を過ごしてください」という意味だと思っているのですが、もしかすると「良い年越しを」といった意味なのかもしれませんね)。昨年末も、その言葉が飛び交っていたわけですが、ふと「私は、来年も良い年になることは既に決まっているのに…」と感じました。何故そんな感情が出てきたのか考えてみたところ、ビックリ仰天。

 良い年とは、良い事がたくさんあった年で、悪い年とは悪い事がたくさんあった年ですよね。悪い事とは、自分にマイナスの感情(怒り・悲しみ・愚痴)をもたらした出来事ですよね。
 例えば昨年の一年間。私にもいろいろな事がありました。うまくいかなかった事、悲しかった事、怒った事、その他諸々。多くの出来事には(その瞬間には歓迎できないような出来事でも)その原因となった、若しくはそう感じてしまった自分自身の「言動」「行動」「ものの見方」「感じ方」「とらわれ」「ものさし」があると思っている私は、その原因を探ります(すぐにわかる時もあれば、落ち着いた時にフッとわかる時もありますが)。そして特に、悪い事が起こりマイナスの感情が表れた場合、その自分自身の原因を修正していくことによって、自分の器が広がり、次から同じ過ちを繰り返す事が少なくなるのです(何度も同じ過ちを繰り返した上で修正できる事が多いのですが)。ということは、瞬間的にマイナス(悪い事)でも、長期的には次の成功に近づいたのです。ですから、悪い事から学んだ時,それは良い事へ変わってしまうのです。良い事なのですから、いつまでもクヨクヨしたり、怒っている必要はありません。どんな事からでも学ぶという姿勢で生きた時、自分に起こる出来事は全て良い事になってしまうのです。
 だから、今年もどんな事が起ころうと、私にとっては良い年になるのです。そして、来年も、再来年も・・・・。そして、良い人生になってしまうのです。
そう、今後の私の人生でどんなにひどい事が起こっても、良い人生になる事は既に決まってしまっていたのです。こんなおめでたい発想をどう思いますか?

 表現が難しい話題でした。うまく伝わりましたでしょうか?

母が倒れて感じたこと

  • 2001年12月30日(日) 00時00分
  • 分類:日記
  • 投稿者:admin

 私の母が入院して1カ月以上が経過しましたが、本日現在、意識が戻っていません。命はとりとめそうですが、再発の危険・右半身不随・失語症は覚悟しなくてはならないようです。祖母も介護が必要なので、我が家に2人の要介護者が発生する事になります。「小林正観さん」というコンセプター曰く「この世に悲しい事・つらい事・悩み事という絶対的なものは存在しない。ただ、そう思う心があるだけ・・・」。その通りだと思います。私も今回の件を淡々と受け止めています。それは決して冷たい表現ではありません。母に面会すると涙が出ますし、回復のための呼びかけやマッサージなど、できる事はやっています。
さて、多くの人が経験するであろう身内の不幸(小林正観流に言えば不幸は存在しないので、世間一般に不幸と思われている現象としておきます)に遭遇して感じたことを述べてみたいと思います。

・母は現在59歳です。沢山の方々が「まだ若いのに・・・」とおっしゃいます。日本国内を基準にした場合はそうなんだと思います。しかし、最近のアフガニスタン国民の生活ぶりなどを目にしますと、決して裕福な家庭ではなかったけれど世界の1/4でしかない先進国で生活をし、決して素晴らしいとは言えないが真っ当な子供を無事に3人育てた母は、実は幸せと言えるのではないか?
 また、母が集中治療室に入って数日後、生後数ヶ月の赤ちゃんが隣のベッドに入ってきました。この部屋に入ってくるくらいですから、命の危険にさらされているのでしょう。私の母と同じように体から何本ものチューブがでています。肉親も沈痛な面持ちです。その光景を見た時、何とか救えないものかと思いましたし、この子やその家族と比べれば母や私はまだ幸せだと感じました。何日かして、その子がベッドから消えました。気になったので看護婦さんにどうなったのか聞いたところ「順調に回復したので集中治療室を出た」とのことでした。 ホッ。
・「自分の母には何とか良くなって欲しい」という願いは、もしかすると我がままなのではないだろうか?
 もちろん人情として、自分の母に対する想いはあってしかるべきでしょうし、私も母への想いは特別なものがあります。しかし客観的に見た場合、自分の母にはどうしても助かって欲しくて、AさんやBさんの母は仕方ないんじゃないかと感じることは(極端な言い方ですが)少しおかしいような気がしませんか?
・長寿は本当に幸せか?
 例えば私の母が無事に生還したとします。その後の余命の中で、もし子供が先に亡くなって親が自分の子を見送ることになったら、こんなに辛い事はないと思います。今回の件で、子である私が母を見送るかもしれないと感じた時でさえ、大変悲しくつらい時間でした。ほとんどの場合、子供より早く親が死にます。やっぱりそれが自然の摂理であって、それが今回のタイミングであるなら、それで良いのかもしれません。
・今回、自分自身の感情を見てみると「俺って冷たい人間かな」と思うほど落ち着いています。自分の母親や命に対して、あまりにも執着(とらわれ)を強く持ち過ぎていたならば、混乱したり落ち込んだりしていたのではないかと思います。混乱してしまうと適切な判断ができなくなり、結果的にうまくいきません。
 もし、人間に魂(霊魂)があるならば、母は自分が倒れた事によって息子が落ち込んでいる姿を喜んでいるとは思えません。逆に、自分(母)がいなくても一生懸命・精一杯生きている姿を見れば安心(喜び)してくれるのではないかと思います。

しし座流星群を見た。  その3日後、母倒れる。

  • 2001年11月28日(水) 00時00分
  • 分類:日記
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 11月19日未明のしし座流星群を見てきました。ここ数年、天気の良い県外へ出かけ、毎年チャレンジしてきましたが、ハヅレ続きでしたので「今年こそ」と勝手に気合を入れて、茨城県まで行ってきました。一晩で9千個、ピーク時で1時間に3~5千個が流れ、一生に一度しか出会えないかもしれない光景に感動しました。宇宙の圧倒的な広大さや、それに比べての私や人間の小ささなんかも噛み締めて帰ってきました。

 その3日後の11月22日。母が「くも膜下出血」で入院。何とか命は取り留めそうですが、後遺症は覚悟しなくてはならないようです。今現在も集中治療室に入っています。この件でいろいろと感じたこともありますが、それは後日述べさせていただきます。

暴言? 米同時多発テロについて

  • 2001年09月15日(土) 00時00分
  • 分類:日記
  • 投稿者:admin

 4日前。アメリカで大変なテロが起こりましたね。マスコミ報道によれば、このテロは「民主主義への挑戦」であり「罪もない市民が犠牲になった」との認識が全世界に広がっているようです。そして、近いうちに報復攻撃が決行される様相です。報復合戦が始まるかもしれません。
 さて、以下に述べる私の感想は、かなりの暴言かもしれません。今回のテロは、勿論、許されざる行為です。非常に悲しむべき結果です。そして、テロリスト達は悪人・罪人です。それが一般的な考えです。私自身もそう思っていますが、と同時に、視点を変えてみたときに、また別の思いが広がります。

 今回のテロは「民主主義への挑戦」だそうです。その背景には、民主主義が絶対的なシステムであるとの認識があるのでしょう。それはそれで良いし、私もそう思っています。
 民主主義ではテロのような問題解決手段は許されません。なぜなら、お互いに話し合い、議論することによって(互いが納得した形で)問題を解決していくのが民主主義だからです。ですからその民主主義のルールを破ったテロ集団は許せないという事になっているのでしょう。
 では、アメリカをはじめとする先進国は、本当に民主主義的に振舞ってきたのでしょうか? 民主主義とは多数決であるとの認識が広がっているように思われます。それはそれで良いのですが、もっと大事な事が忘れられているような気がしてなりません。それは「相手の気持ちを理解する心」です。それがなくては、どんなに議論しても平行線のままで、ストレスがたまるだけです。そして時として今回のようになってしまうのです。
 再度言いますが、今回のテロを起こした組織は許されるものではありません。しかし、結果的にわだかまりを残してしまうような交渉(話し合い)しか出来なかったアメリカは、本当に民主主義的に振舞ってきたのでしょうか? 
今現在は「テロ組織が一方的に悪く、これへの徹底的な報復が必要」と多くの人が感じているようです。しかし、先進国が私が述べたような視点を持たない限り、根本的な解決には結びつかないのではないでしょうか。

 「罪もない市民が巻き込まれた」と報道されています。こういった形で亡くなった方を思うと、私自身やりきれませんし、ご家族の心中も察する事が出来ます。
 しかし、本当に「罪もない」なんでしょうか? テロリスト達がここまでの行動に出ざるを得ないところまで追い込んだ国際交渉を行ってきた政治家を選んだのは誰なんでしょうか? 「罪」と書くより「責任」と書いたほうがしっくりきますが、ここのところもよく考えてみないと今後も同じ過ちが繰り返されるのではないでしょうか。

 「死者が数千人になる見込み」だそうです。私は、今回のテロは国際社会の歪みといいますか、世界の社会・経済の歪んだ仕組みが生んだ出来事として捉えています。そして一方で、その国際社会の歪みによって、発展途上国では一日に3万人~5万人が飢餓で亡くなっています。富(お金)や食糧の分配にかたよりがあるからです。
 国際社会の歪みという同じ原因でありながら、先進国の国民が数千人亡くなるとこのような報道がなされ、発展途上国の国民が数万人亡くなっても(それも毎日)ほとんど報道されません。現在の世界は、人口にして1/5しか占めない先進国の理論(物事の見方)が幅を効かせ過ぎているのではないでしょうか。

最近の天気予報について

  • 2001年08月07日(火) 00時00分
  • 分類:日記
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 暑い毎日が続いています。明らかに地球温暖化です。水不足が始まり、農作物への被害もでてきました。

 しか~し、このところの天気予報では「この暑さは南太平洋の海流の変化が原因です」とか「インド洋の海流の変化が原因です」といったコメントしかしておりません。国連のIPCCでさえ人類の経済活動等が原因で温暖化が起こっていると結論付けています。なぜ、日本の報道機関は「この暑さは地球温暖化によるものです」と言えないのでしょうか? やっぱりスポンサーである産業界の意向なんでしょうか? 

 アメリカが温暖化防止のための京都議定書から離脱した理由として、経済が衰退することを挙げています(温暖化ガスである二酸化炭素の排出量を削減することは産業活動を縮小させることになるのです)。日本も京都議定書への批准に決して積極的とはいえません。
ってことはやはり・・・・。

電気自転車

  • 2001年04月20日(金) 00時00分
  • 分類:日記
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 最近、中古の電気自転車を購入した。環境問題を調べれば調べるほど、「この深刻な現状を何とかせねば」との思いを強くしてきたのであるが、「少なくとも自分は二酸化炭素や窒素酸化物の排出は極力抑えたい」と思うに至り購入した次第である。電気自転車は当然ながら電気を使うので、全く環境に良いとはいえないのだが、1000人分の二酸化炭素を吐き出す自動車に比べればはるかに環境負荷は低い。
 今までも、市役所と自宅の往復だけの日程であれば自転車を使っていたのであるが、自転車での行動範囲を広げたい(自動車に乗る機会を減らしたい)との願いがかなえられる事になった。資料等を大量に運ぶ必要もあるため、前部のカゴを新聞配達用(大きく且つ雨対応)に変え、後部には鍵付のボックスをつけた。非常に重装備で、人によっては「恥ずかしくないか?」と心配してくれる人もいるが、変人(最近流行っているみたいですね)の私は全く気にしておりません。
とはいえ、雨の日や長距離を移動する日などは、いまだに自動車を使用している次第です。

  • 2001年03月09日(金) 00時00分
  • 分類:日記
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 本日は私の母校でもある長岡市立東中学校の卒業式に、来賓として出席させていただきました。
 なつかしい校舎や体育館に入り、中学生時代の自分を思い出しました。皆さんの中学生時代はどんな生徒でしたか? どんな事を考えていましたか? どんな夢を持っていましたか? チョット立ち止まって思い出してみると楽しいものですよ(それくらいの心の余裕が欲しいものです)。

 少し驚いたのは、卒業証書授与の際に名前を呼ばれても「ハイ」と応えない生徒が170人中5人ほどいた事です。私は相当柔軟な考えを持っており、茶髪やルーズソックスや短いスカートや携帯電話などは大きな問題ではないと思っております。そういった外見については時代とともに変わってゆくものだと考えています。ただ、変わって欲しくないものは、純粋な心や、生きる情熱や、友情などです。
 返事をしないことによって自己主張しているのであれば、それはそれで良いのかもしれません。しかし、返事をしない生徒からは、どうもそういったエネルギーさえ伝わってこないのです。我々の学生時代に言われていた「3無主義」とか「5無主義」という言葉を思い出してしまいました。逆に、力一杯返事をする生徒を見て思わず微笑んでしまいました。
 でも、もしかしたら、これも単なる私の「とらわれ(正しさ)」なのかもしれません。だとしたら、勝手にそんなレッテルを貼られる生徒は迷惑でしょうね。

 さて、式も進み、最後に卒業生と在校生での全校合唱が行われたのですが、これが感動的でした! 女子生徒の約半数が涙ぐみながら歌っている姿を見て私も貰い泣き。青少年のピュアな心を間近で見る事ができました。それにしても、自分の卒業式では泣かなかったのになぜこの年で泣くのだろう? やっぱり若い頃には意気がったり、悩んだりしていて素直に泣く事ができなかったんだと気付きました。泣けるようになった自分に乾杯! でも「歳とって涙もろくなっただけだろ」と言う声が聞こえてくるようです。

 この全校合唱の歌詞が素敵だったので書き込みます。

「はばたこう明日へ」

いつかはこの時が来ると思っていた 悲しいことだけど今は泣かないで
ともに過ごした時を思い出して
なつかしい日々を楽しかったことを 心のキャンパスに描こう

青い空のかなたへすすめ 無限の夢を抱きながら
翼ひろげ飛んでゆくんだ つらいこと吹き飛ばし生きていこう

ともに過ごしたことを思い出して
二度と戻らない大切な日々を 心のアルバムにしまおう

青い空のかなたへすすめ 無限の夢を抱きながら
翼ひろげ飛んでゆくんだ つらいこと吹き飛ばし生きていこう

また会うその日まで きみを忘れないよ
涙は見せないで 笑顔で手をふって
未来へ続く道を 歩き出そう
青春の日々を 二度とない時を いつまでもずっと 心に

青い空のかなたへすすめ 無限の夢を抱きながら
翼ひろげ飛んでゆくんだ つらいこと吹き飛ばし生きていこう

21世紀

  • 2001年01月14日(日) 00時00分
  • 分類:日記
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 21世紀初の書き込みはもっと早く済ませるつもりでしたが、年末年始も休まなかった為(支援者の皆さんの名簿整理に手間取りました)本日となりました。

 さて、21世紀も2週間が過ぎました。21世紀になった瞬間に社会の価値観が変化し、永続可能な社会の構築に向けてみんなが走り出したら…、どんなに素晴らしく手っ取り早い事であろうか。しかし、当然のことながら現実は厳しく、単に20世紀の延長であり、私のできる事は目の前の一つ一つの出来事を精一杯こなしていく事に変わりはありません(しかし、結果的にはそれが近道なのである)。

 さてさて、チョット気の早いお話。私が子供の頃に見たマンガでの、西暦20××年の世界がもうすぐそこって感じですね。年末年始には20世紀の100年間を総括するようなマスコミの報道が目立ちましたが、21世紀の世紀末はどんな世の中になっているのでしょうか? 人々は笑顔で活き活きと暮らしているのでしょうか? その頃には私は存在していないでしょうが、子孫から感謝されるような生き方をしたいと考える世紀始めです。

お下がり

  • 2000年12月29日(金) 00時00分
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先日の友人との会話

友人 「おまえいつも同じ服着てるな(この日は私服でした)。 俺、この前ユニク○で買って一回しか着てない服があるんだけど色が気に入らないからあげるよ。1900円のものだけど」
  「おお、有難う」
友人 「しかし、ユニク○って凄いよな。安いし、同じ商品でも次々にいろんなカラーのものを出すもんな」
  「でも、見方を変えれば大量生産・大量消費・大量廃棄の行き着いた先の商売形態かもね。LCA(ライフサイクルアセスメント)の観点からは賞賛できないのかもしれない」

さて、ここで一つ思い出してしまいました。
中学3年の同級会が毎年1月2日に行われます(もう10年続いている)。その時に前年に撮った写真が配られるのですが、今年の同級会で3年連続で同じ服を着ていることに気付いたのです。なおかつ、その服は先程の友人と会った日に着ていたものと同じでした。そう、私は服をたくさん持ってはいません。ファッションにほとんど関心がないために、服は隠れるべきところが隠れて暖かいとか涼しいといった機能があればそれでいいと思っています。スーツも8割くらいは知人のお下がりです。物乞いのオーラがでているのか、ふびんに思うのか、スーツをくださる方が多く、大変感謝致しております。
ここまで書いてまた気付きました。そもそも私は、あまり買い物(ショッピング)をしません。う~ん、日本の景気が良くならない原因の一億分の一位は私にあったのか! 景気といえば、元検事の堀田力さんは次のように述べておられます「景気回復・景気回復というけれど、景気を回復させてどうしようというのか?何の為に景気を回復させるのか?バブル時代に戻せば幸せになれるというのか?」

今日は脈絡のない文章になってしまった。まあ、こんな日もあるさ。

最近のニュース

  • 2000年12月01日(金) 00時00分
  • 分類:日記
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11月4日 新潟日報

見出し  IPCCが報告書案 21世紀末 温暖化で気温1.5度~6度、海面14~80㎝上昇 「人類の責任」明記

「人為的な温室効果ガスで過去50年間の地球温暖化が引き起こされた事は確実だろう」とし、温暖化の現状について1860年以降、0.4~0.8度気温が上昇し、1990年代が最も暑い10年と分析。

この20年間でずいぶん暑くなったと感じますが、それでも平均気温0.3~0.5度の上昇らしいです。つまり、0.3~0.5度上昇すると積雪が1m減り、真夏日や熱帯夜が何十日も続くのです。これが1.5度~6度も上昇したらどうなるか?考えると恐ろしい。

最近のニュース

  • 2000年12月01日(金) 00時00分
  • 分類:日記
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11月3日 新潟日報

見出し  へその緒から環境ホルモン 人体での検出は初 樹脂添加剤「DEHP]

DEHPは塩化ビニール製の手袋やおもちゃなどから溶け出すことが判明し問題となったが、人から検出したという報告は初めて。調査は、新生児10人から集めたへその緒を分析。6人からDEHPが検出された。DEHPは、プラスチックを軟らかくする添加剤などとして使用。外食産業などで食品の盛り付けなどに使われる塩ビ製手袋から溶け出していることが明らかになったほか、塩ビ製のおもちゃを子供がなめたりかんだりした際、健康に悪影響を与える恐れが指摘されている。

11月15日 毎日新聞

見出し  ビスフェノールA 人の卵巣に存在 東大グループ確認

卵巣へのダイオキシンの蓄積は既に明らかになっていたが、今回の発見で人の生殖器官が複合的に汚染されている恐れが高まった。環境ホルモンと疑われているビスフェノールAは食事などを通して人間も日常的に摂取しており、人にも何らかの影響を及ぼしていることが危惧される。

北野大教授(ビートたけしの兄)の講演を以前に聞いたことがある。彼の専門分野は環境だそうだ。彼が語るには「化学物質は極めて危険だ。動物(マウスなど)実験で安全性(許容量)を確認し、例えばその1/100の量を人間の摂取量と決めているので大丈夫ということになっているが、そもそもマウスに異常がなかったので人間も大丈夫という理論が証明できない。それに、マウスの1/100ならば安全という科学的な根拠もない。さらに、動物実験は単一物質での実験であるので、複数の物質による複合汚染についての安全性は何の保障もできないし、これだけの化学物質の複合汚染をチェックする事は不可能」とのこと。

最近のニュース

  • 2000年12月01日(金) 00時00分
  • 分類:日記
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11月27日 新潟日報

見出し  温室効果ガス「赤信号点滅」 OECD 20年後の環境悪化予測 

経済協力開発機構(OECD)の環境予測報告案は、交通信号と同じ3段階に分けたのが特徴。赤信号は、過剰漁獲・航空機排ガス・自動車排ガス・家庭からのゴミ排出・農業に伴う汚染・地球温暖化・化学物質汚染・都市部の大気汚染・生物多様性・熱帯林面積。黄信号は、水利用・水質・有毒物質排出・有害廃棄物・エネルギー・森林の質・オゾン層。青信号はわずか3項目のみ。

この記事は一面トップだったのですが、その日「新潟日報一面の環境の記事見た?」と聞いてみた5人の中で「見た」と答えた人は・…いませんでした。残念ながら、これが現実だと思います。だからこそ頑張らなくては。

  • 2000年11月02日(木) 00時00分
  • 分類:日記
  • 投稿者:admin

 先週の日曜日、履いていたシューズの底がはがれてしまいました。はがれた底の部分を何故かじっと見つめてしまいました。そして「ハッ」としました。なんとそのシューズは12年前に当時のアルバイト先のスポーツ店からもらったものだったのです。ビジネスシューズではないので毎日履いていたわけではありませんが、かといって特別な日にしか履かなかったという訳でもありません。完全に私の日常の風景の一部でした。思えば大学卒業以来、サンダル以外のプライベート用シューズは買ったことがありません。「良くぞここまでもったものだ」と感傷に浸っていると、また一つの出来事が思い出されました。

 今年の9月、滋賀大学経済学部バドミントン部のOB会に3年ぶりに参加した折、シューズを頂いた「栗田スポーツ」へ恒例の挨拶に伺いました。「なんとなく雰囲気が暗いなー」と感じて店先に着いた時、なつかしのオバチャンが一言「関君、大変な事になったんや」「お父さん(社長)が死んでもうた・・・・・」。
 

 栗田社長にはお世話になった。貧乏学生だった私に、バイトが終わるといつもズボンのボタンを外さなくてはならないくらいにメシを食わせてくれた。「スポーツ店のバイトだけでは稼がれへんやろ」と言って家庭教師先を探してくれた。一生懸命ためたお金で卒業旅行へ行く時、大きなリュックを貰った。「関! 何してんねん」としょっちゅうからかわれた。彦根(大学と栗田スポーツのある市)への大型スポーツ店の進出を阻止する為、社長自ら野球のバットを持って出撃していった。口は悪いが、心の暖かい人だった。その社長が亡くなった。社長なりの精一杯の人生だったのだろう。オバチャンが話してくれる「たまに関の話しもしとったんや、どうしてるかなって。いつか佐渡へ行って、帰りに関んとこ寄ろうなって」。3年ぶりの訪問の為、私が人生の大きな決断をして議員になった報告もまだしていなかった。
 
 人の死、特に身近な人の死にめぐり合うたびに次のように考えます「人間ってなんだろう?人生ってなんだろう?」と。人間(生命)はいつか必ず死に至ります。どのように死ぬのか、死ぬまでに何を成すのか、自分の人生、今現在から将来を見るのではなく、自分が死を迎える時から今現在の自分を見てみる。案外こんな視点が大切なのではないでしょうか。

最近ハッとしたニュース

  • 2000年10月02日(月) 00時00分
  • 分類:日記
  • 投稿者:admin

10月11日 新潟日報

見出し  チリ南部 外出キケン 紫外線警報 オゾンホール史上最大

南米チリ南部がオゾンホールの内部に入った為、地表に降り注ぐ有害な紫外線がキケンなレベルに達しているとして、チリ南部保健当局は住民約12万人に午前11時から午後3時までの間、外出を控えるよう警報を出した。

他人事ではありません。
9月の名古屋集中豪雨で、フロンガスを含んだ電気製品・自動車等が大量に廃棄・スクラップされ、フロンガスを放出してしまったようです。フロン回収を義務付ける法案を速く作らなくては!

最近ハッとしたニュース

  • 2000年09月02日(土) 00時00分
  • 分類:日記
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その一(7月15日新潟日報)

見出し  クマタカ絶滅の危機高まる 繁殖率が1割に低下 環境ホルモンの影響か

クマタカのつがい一組に対し、ひなが巣立って自立する割合が81~85年では80%であったが年々減少し96~今年は12%になった。クマタカの成鳥から高濃度のPCBやダイオキシンが検出され、生殖能力の低下や卵への影響が疑われる。

その二(8月21日新潟日報)

見出し  北極点の氷 解けていた 「温暖化の証拠」米の研究者が確認

米の研究者らが砕氷船に乗船し航行した際、北極点を覆う氷の一部が解けている事を確認した。出発地のノルウェーから北極点までの間にも氷が溶けた水面が点在。「温暖化を認めない人も北極点が解けていると聞けば目を覚ますのではないか」とコメント。

しっかりしたセンサー(感性)を持っている人は上記二つの記事を「他人事でない」と感じると思います。これだけでなく、青少年の犯罪・増加する政府の借金なども社会崩壊の一つの前触れでしょう。そして、そういった捉え方ができない今の政治を変えていかなくてはと考えます。

しばらくぶりの更新

  • 2000年08月26日(土) 00時00分
  • 分類:日記
  • 投稿者:admin

 4月以降怠けており、久しぶりにホームページを更新します。だからといって、議員活動を怠けていたわけではありませんヨ。
 7月30日に「地球村」高木善之さんの講演会があり、スタッフとして参加をしました。高木さんの話に感激。皆さんも是非聞いてみてください!

 7月25・26日と千葉県での議員セミナーに参加。講師の一人が言っていました「このままではいくら景気を回復させても国や地方の負債は返せません」と、やはり歳出カットしかないと再確認。また、豊橋市の渡辺市議(女性)と情報交換ができました。彼女は現在2期目なのでいろいろと聞かせていただきました、彼女曰く「私達のような先進的な?(変わり者の)地方議員は全国に結構いますよ」

新年度スタート

  • 2000年04月03日(月) 00時00分
  • 分類:日記
  • 投稿者:admin

 課題山積の新年度がスタートです。私の議員活動ももうすぐ2年目を迎えます。1年間の活動で感じることは、「わずかではあるが希望の光が見える。長岡もまだまだ捨てたもんじゃない。」ということです。1年前の選挙で自分の思いを訴えて当選した事に象徴されますが、それ以外でも多くの素晴らしい方々との出会いもありました。「このままでは長岡や日本に明るい未来は来ない。」という危機感から活動を開始したわけですが、「やっぱり駄目か」という絶望と「まだ間に合うかもしれない」という希望の連続の中で、希望をいだける場面に自分の想像より沢山遭遇しました。

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