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無所属議員 再び一人となる2 ~私が会派に所属しない理由~

  • 2004年04月22日(木) 00時00分
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まずは用語解説

【会派】市政に対して同じ考えを持つ議員のグループで、基本的に2人以上で認められる。議会運営上の組織で、法律で定められているわけではなく、会派内の議論は非公開。国会に例えると、政党のようなもの。
【各派代表者会議】各会派の代表者による会議で、議会運営(会議日程・海外視察等の議会予算・議会人事・議員控室等々)は実質上ここで決まるが、非公開。これも議会運営上の機関で、法律で定められているわけではない。国会でいえば国会対策委員会(いわゆる国対政治)。会派と認められない無所属議員は参加できない。

*会派制(会派と各派代表者会議による議会運営)は多くの地方議会で採用されており、国会に似せて作ったとの説が有力。

【本会議】公式機関かつ意思決定機関。公開が原則。
【委員会】公式機関。全てを本会議で議論できないので、分野ごとに委員会を設置している。長岡では公開が原則。

*法律上の議会組織は本会議・委員会・議会事務局のみです。

 私は、会派制(会派や各派代表者会議を中心にした議会運営)の長所を認めつつも、現状では短所の方が大きく、結果として議会の硬直化や市民の関心の低下を招いていると感じています。現状の会派制に疑問を呈している私は、このシステムに入らず当面は無所属のままでいようと思います。「多様性の共生」の時代と言われていますので、こんな議員が一人くらい居た方が良いのではないでしょうか。

 無所属議員が私一人になったとはいえ(議長は形式的無所属ですが)、新会派を結成した西沢・桑原両議員とは議会に対する問題意識を共有していますので、私は外から、両議員は内からと役割分担をして議会改革を進めたいと思っています。

 現状の会派制に関して感じることアレコレ

① 国会は政党政治で、選挙では所属政党が明らかになっており、有権者は政党色も含めて判断できる。しかし、市会議員の選挙では所属会派が明らかになっておらず(政党と違って、会派の政策も公表されていない)、有権者は議員個人に負託しているのであるが、実際の議会運営は会派中心に行なわれる。市民から見て、この”見えにくさ”と”分かりにくさ”が市政への関心低下の一因である。

② 国会のように700人も議員がいれば、政党・会派といった議員グループを作って代表者が話し合わなければ収拾がつかないであろうが、長岡市議会は33人なので、このシステムは必要ない。むしろ、いちいち全員が集まって学級会のように議論したほうが活性化するし、頻繁に拘束されるくらいの給料は頂いていると思う。

③ 本来であれば、各議員が公開の場(本会議や委員会)で自らの考えを述べ、議論するべきであるが、あらかじめ各会派内で意思統一を図る(そして会派拘束をかける)場合がある。なおかつ、会派内での議論が公になることはなく、意思決定の過程が見えにくい。

④ 私は、各派代表者会議に参加できないので、議会そのものへの提言に不都合を感じることはあるが、委員会や本会議での発言には制限がないので、行政との議論には支障がない。

⑤ 議会内では「会派制は長岡市議会の伝統だ」との認識が強いが、そもそも会派制は円滑な議会運営を確保するための手段である。会派制という手段(組織論で言えば縦組織)は、今日までの政治状況には有効だったかもしれないが、手段は状況の変化に応じて変えなければならない。更に言えば、長岡市議会の伝統を「全議員が、発言の自由・平等・公開の下で活発かつ徹底的に議論して結論を得る」ものに変えていかなくてはなりません。 

⑥ 現在の会派制は、全議員が会派に属していることを前提にしたものだと感じます。無所属議員が現れた時点で意思決定システムの変更が必要だったと思います。議会が、状況に応じた議会改革を速やかに行なえなくては、行政に対して行政改革を訴える迫力に欠けます。

⑦ 一般社会では、より良い結論を出すために、できるだけ多くの人からの意見を募集します(一流企業に至っては「苦情・クレームは宝の山」との認識です)。議会の中で、全ての議員が活発にモノを言える”開かれた議会運営”ができずに、市民に対して開かれた議会を実現するのは難しいでしょう。そういった意味で、無所属議員がいることによって問題提起ができると思います。バリアフリーやユニバーサルデザインの時代です。

補足
 似て非なるものの一つに、「批(非)判」と「非(批)難」があります。批判は間違っていると判断したり、批評すること。非難は間違っていることを責めたり、とがめることです。批判には感情が入らず、非難には感情が入っているようです。今の日本には批判できる人が少なく、多くの人は非難してしまっているのではないでしょうか。
 私のこの文章は、勿論「批判」です。

 私の考える「議会のあり方」「議会改革」は改めて書き込みます。

無所属議員 再び一人となる

  • 2004年04月20日(火) 00時00分
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 報告が遅くなりましたが、長岡市議会の会派無所属議員が4月1日付で、それぞれの道を歩むことになりました。

~~ 以下、新潟日報記事の要約 ~~
 西沢・桑原両氏は新会派「無所属の会」を結成。議会の各派代表者会議に参加するのが主な目的で、政策面では個々人の対応とする。長岡市議会は、議会の議事運営以外の多くは各派代表者会議で意見集約するのが慣例だが、無所属議員は参加できず、事後報告を受けるだけ。議論になった議員の海外視察についても代表者会議が中心になって検討することになっている。桑原氏は「発言の場を確保するための選択で、参加した上で代表者会議のあり方を変えていければ」と話す。

 水科氏は既存の「新政クラブ」に合流する。「議員として成長するには会派内で切磋琢磨する方がよい。政策検討も分担できる」と語る。

 一方、「無所属の立場で議会活性化を訴えたい」と話すのは関氏。「市政は国政と違い、市民の付託は議員個人が受けている」との考えだ。
~~ 記事要約はここまで ~~

 私は相変わらず無所属のままですが、他の3人と喧嘩別れをしたわけではないので、今後とも意見が一致したものについては連携できると思います(他の議員ともそうなのですが)。

市町村合併について ~今こそ根本的な議論を始めるチャンス~

  • 2004年01月27日(火) 00時00分
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 見附市・栃尾市が相次いで法定合併協議会への不参加を表明し、当初描かれていた30万都市は勿論、合併の枠組みが根底から崩れてしまったと言ってもよいでしょう。このような状況では、協議会への参加を既に決定している町村も再考する可能性があるのではないでしょうか。

 詰めに入る段階で何故このような状況になったのでしょうか? それはズバリ、結集軸の欠如と考えます(ここで言う結集軸とは将来構想のことで、ビジョンとかグランドデザインとも言えます)。物事が大きく動くときには、結集軸が必要で、特に閉塞感が漂う現状での合併には、先進的・挑戦的・魅力的な将来構想が求められると思います。確かに、合併した場合の将来構想は既に作られており、一部には新時代の息吹が感じられますが、全体としては各市町村のこれまでの計画や特色を貼り付けた印象で、「従来型の発展」からの脱却が図られていないように感じます。では、先進的・挑戦的・魅力的な構想とは何でしょうか。それは「新しい価値を実現する構想」と考えます。そして、その構想作りには、世界や日本の状況を考える必要があり、「THINK GLOBALY、ACT LOCALY(世界的な視野で考えた上での地域活動)」の視点を生かさなくてはなりません。つまり、我々が今までの価値観で一生懸命作ってきた社会の結果である破綻寸前の地球環境や国家財政、凶悪・異常犯罪の増加、貧富の差の拡大、ゆとりを求める人・ストレスを感じる人の増大、等々(まだまだ沢山あると思いますが)の原因を考慮する必要があります。その結果、例えば「“モノの豊かさ”から“心の豊かさ”を追求する地域」ですとか「米百俵精神に基づき“自分だけ・今だけの繁栄”より“みんなの・将来世代の幸福”を実現する地域」、「持続可能な社会の実現」等々、きりがないくらい(人の数だけ)浮かんでくると思います。そして更に、どういった仕組みや制度が必要かという議論に入っていかなくてはなりません。このように、これからの社会・自らの地域をどうしたいのかという根本的な議論の結果として、「やはり合併が必要だ」となったときに合併すればいいのです。国の一時的な財政支援や人口増加というものは手段や結果であって、まちづくりの目的にはならないのです。更に、財政規模(財政の豊かさ)と人口を発展の指標としてきたことも見直さなくてはなりません(財政と人口は無視できませんが)。

 さて、自らの地域の未来を深く議論し、議員や住民の間で将来ビジョンを共有するには、それなりの時間が必要です。私がこれまでも訴えているように、財政支援を受けられる平成17年3月という期日にこだわらずに議論を進めることも視野に入れる必要があります。一時的な財政支援を受けるよりも、今、地域の未来を深く考えることのほうが大切だと思うのです。その結果として合併する・しないを決めれば、どちらを選択しても素晴らしい地域ができると考えています。そして今、そのチャンスがやって来たのではないでしょうか。

海外視察中止請願の行方  その2

  • 2003年12月20日(土) 00時00分
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 昨日、異様な雰囲気(野次(罵声?)が多かった)の本会議で採決され、長岡市議会の最終判断は否決ということになりました。しかし、私が4年前に問題提起した時は賛同者が居なかったことから考えると、今回は賛成議員が9人(私も含めて)ですので、一歩前進できたと思っています。

 私も含めた会派無所属議員の4人は、全員賛成しました。無所属を選択する議員は、似たような問題意識を持っていますので、今後も考えが一致したものについては共同歩調を取っていく予定です。

 海外視察には、それなりの効果もあるとは思いますが、議会自らが率先して改革してゆく姿勢が政治不信の払拭にもつながっていくと思っています。今回の件をきっかけにして、議会運営や議会のあり方についても議論を深めてゆきたいと思っています。

海外視察中止請願の行方  その1

  • 2003年12月18日(木) 00時00分
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 昨日の総務委員会で海外視察中止を求める請願が審議されました。

 請願とは、住民が自身の願いを議会に提出し、審議するもので、法律を読むと、本来は自身の街の市政運営についての請願が念頭におかれています。しかし実態は、「イラク派兵反対とかコメの自由化反対を国へ意見して下さい」といった内容ばかりです(国への請願は自治体を通さなくとも可能)。ところが、今回の請願は正に地元についてのものであり、請願が通れば(採択されれば)努力義務が生じます。この種の請願は、長岡市議会では始めて審議されると思われますし、県内でも珍しいのではと思います(いずれも推測)。そんなこともあって、マスコミも取り上げてくれましたし(特に17日の朝日新聞)、委員会にはテレビカメラが3台並んでいました。

 長時間にわたる激しい審議となりましたが、紹介議員(請願は議員を通さないと議会で審議されない)となった西沢・桑原両議員が粘り強く対応し、側面支援してくださった議員も現れた結果、賛成3・反対2・退席(継続審議)2、という結果となり、委員会では採択されました。

 しかし、議会の最終意思決定の場は本会議です。明日の本会議で再度審議され(委員会ほど細かい議論はしませんが)、採決されます。長岡市議会には会派という議員グループが6つ存在し、それぞれ会派拘束をかけて賛否を表明するのが慣例です。大人数の会派が反対を決定していますので、今のところは本会議で逆転否決となる見通しですが、最後まで訴え続けていきます。

海外視察の中止を求める請願

  • 2003年12月15日(月) 00時00分
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 以前も書いた長岡市議会の海外視察について、この度、「海外視察の中止を求める請願」が多くの市民の努力と勇気(153名の署名)によって議会に提出されました。西沢・桑原両無所属議員が紹介議員で、私は委員として発言してゆくことになりました(私の所属する総務委員会で審議されますので)。

 長岡市議会の場合、毎年4人前後の議員が一人約70万円(市政調査費とは別)の税金で海外視察に行っております。

注:請願については長岡市議会HP(ここを押して)をご覧下さい

 海外視察の議論をすると、「海外視察そのものに反対なのではなく、その内容をもっと充実させる(目的意識をもった視察とその後の市政への反映)必要がある」とのご意見を頂戴することもあります。私も、真に有効なのであれば大いに結構と思っておりますし、どうせやらなきゃならないのであれば、より充実させる必要があると考えており、基本的には同じ認識です。では、なぜ視察の中止を求めるのかと申しますと、理由は以下の通りです。

(1)これまでの4年間、「中止も含めて視察のあり方を見直そう」と議会に提案し、一部の議員からも見直し論が出されたのですが、本格的な議論はなく従来通りの方法で行なわれていて、現状では見直しされる可能性が低い。
また、長岡市会議員は一人年間72万円の調査費が支給されますので、これを使って行くことも可能。

(2)本年度の視察予定者4名のうち2名が辞退。また、本年度の議長選挙の折に3候補者中2人の候補者が海外視察の中止を公約した(選ばれた議長は触れなかった)。
このことから、「見直しではなく中止」と考える議員が増えてきたことが分かった。

(3)実際に現地へ出向く視察には一定の効果があると思われるが、インターネットが普及し(自動翻訳も可能)、海外動向を紹介する雑誌や書籍も多数出版されている現状では、以前ほどの費用対効果が認められないものと考える。

(4)現在、長岡市は財政改革に取り組んでおりますが、議会費についても削減してゆくことが妥当。(議員の給与は若干減りましたが、それ以外の費用は減っていません)

(5)民間企業の経営や市民生活が、不況のあおりを受けている状況での市民感情に考慮が必要。

 これらのことから、中止すべきと考えるに至った訳です。

 先日、この請願が正式に受理され、12月17日開催の総務委員会で審議されます。これまで、海外視察や政務調査費等の議員が使わせて頂く税金ついて、公式な場で議論されたことはないと思われますので(各派代表者会議という任意・非公開の場で行なわれてきた)、市民の目に見える場で議論することは、大変価値あることだと感じています。

 今回の請願で、海外視察が中止になるかどうかは分かりませんが、見直しも含めての海外視察のあり方(ひいては議員意識の問題)に一石を投じたいと考えています。

9月議会で感じたこと

  • 2003年09月27日(土) 00時00分
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 最近、子供への誘拐・拉致・暴力が多発しています。

 議会でも、子供達の安全を守る為の議論が活発で、学校での指導(例えば、何かあったら子供110番の家に飛び込め等々)を徹底しろといった意見が大半のようです。また、学校での朝礼などで「危ない世の中だから気を付けて」と言ったり、「知らない人に声をかけられたら注意しましょう」と話されています。

 緊急避難的な対策はもちろん必要です。しかし、今の日本は緊急避難的な対応しかしない国になってしまったように感じませんか? 対処療法・その場しのぎ・表面的対策と言ってもいいでしょう。

 これらの対策と共に、根本原因を見つけ・改善してゆくことが必要です。根本原因をそのままにしておけば、同じような結果が次々と現れてきます。そして、この場合の根本原因の改善は、犯人を捕らえて厳罰を下すことではなく、なぜ子供に危害を加える人間が育ってしまうのかを考えなくてはなりません。私は人間は性善であると確信していますので、悪とは、生まれた後の世の中(家庭・友人・学校・社会)とのかかわりの中で生まれてくるものだと思っています。世の中は、常識・倫理観・価値観も含めた一人一人の想い・考えが作り上げています。一人一人が自身の想い・考えを見つめ直す事から始めなくてはなりません。

 さて、先のように指導された子供には、危機感・不安感・不信感が募る可能性があります(再度言いますが、緊急避難的対策の結果なので仕方がないのです)。危機感・不安感・不信感が強くなりすぎると、精神状態が不安定になります。さらに、「知らない人は危険」とか「だまされちゃいけない」と思い込んでいたら、道を聞かれても親切に教えられなくなるでしょうし、困っている人を助けられなくなるかもしれません。社会人になってから急に「周囲の人達に優しくしなさい」と言っても手遅れかもしれません。飛躍した話のように聞こえるかもしれませんが、一度刷り込まれた考えはなかなか消えず、逆に強化されることも多いのです(イスラエルとパレスチナ、戦前の日本、オウム真理教など、事例の枚挙にはいとまがありません)。

 危機管理の心得は、「悲観的に準備し、楽観的に対応する」ことだそうです。悲観と楽観のバランスをとらなくてはならないのでしょう。だとすれば、現在行なわれている”悲観的な準備”に加え”楽観的な対応”も必要になってきます。楽観的な対応とは何でしょう? 例えば、親や先生が子供に対して「もし、あなたが凄く困ったり、凄く悲しくなったり、凄くピンチになったりしたら必ず助けてあげるから安心しなさい」と言ってあげることではないでしょうか。

“精神の安定を確保しつつ危機に備える”必要があります。

市町村合併 ~このままでは小選挙区制の二の舞

  • 2003年07月24日(木) 00時00分
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 そろそろ市町村合併についても語らなければなりません。

 このたびの6月議会でも議論しましたが、仮にこのまま合併したとしても、ハッキリ言って「よいまちづくり」は期待できません。

 *括弧書きが多いので、その部分はとばして呼んだほうが分かり易いかもしれません

 合併の必要性についての国・県・市の説明(パンフレット)は、大きく次の2つに集約されます。①生活圏の広がりによって、自治体のサイズと生活圏が合わなくなり、税金の収め先と行政サービスの供給先の整合性が取れなかったり、一体的なまちづくりに支障をきたす等。 ②議員や職員、各市町村で重複する施設を減らす財政改革と、スケールメリットを利用して質の高い職員や議員を増やす行政改革。これらの理由は、確かに一理あるのですが、かといって市町村合併が必要だという決定的な理由にもならないと考えます。

 そして、パンフレットに「長岡地域が合併して30万都市になると、県内では新潟市に次ぐ力強い都市になります」(私のコメント・・・なぜ人口の多い都市が力強いのか? そもそも、何をもって力強いと言うのか)とか、「合併で他県の県庁所在地並みの人口となることで、新市の知名度が上がり、観光客増加・産業活性化・産業誘致が促進します」(私のコメント・・・政策形成能力が上がるからという理由であろうが、人口増が直接これらを引き起こす訳ではない。例えば観光では、小布施や湯布院など小さくても観光で成功している自治体はある。そもそも、知名度だけが上がっても魅力的な街でなければ寄ってみようなんて気にはならないと思う。もっと更に、他県の県庁所在地も合併するであろうから、人口がそれらに追いつくことはなく、故に知名度が上がるとは思えない)といった理解しづらい説明が並んでいるのを見ると、いよいよ今回の合併が心配になります。(まだまだ沢山の疑問があります)

 私は、今回の合併は国の財政問題が最大の理由であると思います。

 日本国政府は1970年代初頭から一貫して国債残高(借金残高)を増加させてきました。国が背負った莫大な借金(先進国中最悪で、国・地方あわせて700兆円))によって、国から地方に回していたお金(交付税等)も削減しなくてはなりません。つまり、合併しても・しなくても、これまでの30年間のような予算(お金)の使い方は出来なくなるのです。日本は世界有数の豊かな国ですが、この豊かさは将来世代の負担(借金)によって成り立っているのであり、身の丈に合った社会ではないのです。

 これまでは、お金(予算)を使って行政サービス(社会基盤整備・福祉・教育などなど)を充実させることが、住民満足度(住民の幸せ)の向上に直結していたのですが、これが直結しなくなってきましたし、財政面からこの手法を続けることも不可能となってきました。しかし、我々人間は幸せを求めて生きているのであり、幸福の追求を手放すことは出来ません。

 そこで、これからの“まちづくり”には「お金を使わずに住民満足を高める」という発想への転換が必要となります。つまり、「お金(モノ・便利・快適など、お金で計れるもの)が最大の幸福」という偏った価値観から、「お金も幸福の一つだが、それ以外も大切」というバランスの取れた価値観への転換が必要です。

 そして、「お金を使わずに住民満足を高める」可能性を福岡県赤池町に見つけることが出来ます。赤池町は公共事業の削減に失敗し、財政破綻(民間会社では倒産)した町です。そのため行政サービスは低下したのですが、逆に「自分達で出来る事は自分達でする」「行政に何をしてくれるのかを問うのではなく、住民が町のために何が出来るのかを考える」という住民意識の向上が見られたということです。皮肉にも、お金を潤沢に使えなくなったことで、住民・議会・行政それぞれが、自分で考え・行動するという正にこれからの地方分権の姿に近づき、結果として町の活力も向上してしまったようです(私は、視察を申し込んだのですが、依頼殺到の為まだ実現していません)。考えてみると、行政が何もかも整えてしまった(行政サービスの向上)が故に、住民同士の支え合いや話し合いが失われ、自立心までも失った側面があることに気付きます。そして、この支え合いや自立心は現代社会の課題でもある安心・安全・やりがい・自己実現といったことにつながるのです。

 合併する・しないにかかわらず、先ず、これまで述べてきたような理念の議論を行なう必要があります。しかし現実には、合併した場合の財政支援(10~15年間の合併特例債や交付税算定替等のボーナス(アメ))と合併しなかった場合の交付税削減(ムチ)によって合併が推進されています(総務省のマニュアルにもその様に記述されています)。つまり、お金という尺度でしかまちづくりが語られていないのです。仮に、合併して財政支援を受けても、支援期間の過ぎる16年後には財政は逼迫します。職員や議員の削減と行政効率の向上を図っても、これまでのように行政サービスを向上させ続けることは不可能と考えます。

 お金の尺度でしか今後のまちづくりを考えないのであれば、合併しても地獄・しなくても地獄です。

 理念なき合併は、衆議院の小選挙区制と同じようなものです。中選挙区から小選挙区に移行すれば、政治改革が進み、政治腐敗がなくなると言われていましたが、結果として何も変わっていないように感じませんか? このように、“仏作って魂入れず“ 的な対処療法が今の日本に蔓延しています。

 さて、財政支援を受けるためには、平成17年3月までに合併しなくてはなりません。そして、合併への手続き期間(約1年)を考えると、平成16年の春には合併の決断を下す必要があります。来年の春です。このわずかな期間に、まちづくりの理念を市民と議論・共有するのは大変難しいと思われます。もし、行政の説明のように、お金だけが合併の目的でないのであれば、平成17年3月までに合併する必要も薄れます。この合併期限にこだわらず、この際、徹底的にまちづくりの理念・方向性を議論したほうが、結果的に合併にかかわらず良いまちづくりへつながると考えています。

 *もっと細かい説明をすれば分かり易いのでしょうが、これ以上の長文になってしまうので、この程度にします。皆さんは市町村合併についてどのようにお考えですか?

また新聞ネタ

  • 2003年05月22日(木) 00時00分
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5月17日の新潟日報記事

今月15日に議長を決める臨時議会が開かれ、市民クラブ(自民系8人、最大会派の一つ)の小熊議員が新議長に選出された事に関する記事です。
4月の市議選で各会派の勢力図が変わったことにより、10年ぶりの議長選になったのです。

見出し

「長岡市会議長選 民成ク、独自候補見送る 2ポストと交換 調整決着に疑問の声も」

内容

 記事は各会派の連携・対立・調整で様々な動きがあったことを伝えています。そして、私を含めた4人の無所属議員(私一人だった無所属議員が4人に増えました)が各会派に「事前の候補者調整を行うことなく(調整を行うのが通例です)、選挙によって議長を選出して欲しい」と申し入れたことも書かれています。

結果的に、異例の「議長候補者の所信を聞く会」が全議員を対象に開かれ(私としては毎回開かれるのが健全だと思います)ました。

記事によると、最大会派の市民クラブと民成クラブの両会派が大会派連合を結成したことにより、議会3役のうち議長が市民クラブ、副議長と監査委員が民成クラブで決まったそうです。

今回の一連の過程で会派無所属議員も多少は脚光を浴びましたが、無所属議員はいわば「議会内の無党派・浮動票」ですので、この数が増えることは議会の活性化につながると思います。

若手注目株?

  • 2003年04月23日(水) 00時00分
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 4月20日の朝日新聞に私の記事が載っています。県内で注目される若手政治家4人(私が言ったのではなく、記者が言ったのです)を特集しています。
内容は、「最近の若手政治家は政策で勝負している」といった感じで、最近の風潮が表れているような気がします。
私もいくつかの政策(公約を更に詳しくしたもの)を持っているので、今度ホームページに載せてみようと思っています。
2003年04月23日(水)

地元大学生の交通事故死から自動車優先社会(効率優先社会)を反省しよう

  • 2002年12月25日(水) 00時00分
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  • 投稿者:admin

 12月議会開会中に、大学生の死亡事故が発生しました。一杯飲んだ後で徒歩にて帰宅途中、国道の歩道が積雪のために通行できなかったため、車道を歩いていた大学生2人がトラックにはねられたのです。

 当然ながら、議会でも除雪の徹底が叫ばれました。早急に取るべき対策として、是非とも取り組まねばなりません。しかし、私は除雪の徹底だけで終わってはならないと考えていました。車道の大半は消雪や除雪がなされているのに、それに比べて貧弱な歩道除雪は大いに問題ですが、事の本質は車優先・強者優先・効率優先の価値観やまちづくりにあるのです。

 さすがの私も冬季間の移動は車に頼るのですが、運転していて切なくなる事があります。雪によって狭くなった道路で、歩いている人とすれ違う際、歩行者が圧雪でない部分によけ、足を埋めるようにして道を譲ってくれる時。風雪にさらされながらバス停に立っている人に、車が水をはねる時。いつの間に、こんなにも非情な街ができてしまったのでしょうか。道路は車のために存在しているように見えますが、そもそも道路は最も身近な遊び場であり、井戸端会議が行われる場所であったことも事実です。そこへ、車が我が物顔でやって来ると、安心して会話することができなくなります。人間を脇に追いやったものですから、近所付き合いが失われ、近所であるにもかかわらず道路によって行き来が不便になって分断された地域もあります。近所付き合いがなくなるということは、何かあった時に頼る人が減ることを意味します。頼る人が減ることは安心が減ることです。そして、減った安心を補うためにお金を貯めます。お金を貯める為に、更なる効率化が必要となり、更に車優先が進みます。

 こんな単純な話ではないでしょうが、もしかすると、目先の便利さは増したけれども、全体としては不便になっているのかもしれません。

 以上のことを委員会で発言しました。

 ここまで考えた時、亡くなった二人も少しは浮かばれるのではないでしょうか。

環境問題について

  • 2002年11月05日(火) 00時00分
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 仕事柄、マスコミの知人が沢山います。ある方が、環境問題を特集したいとおっしゃってくださったので、企画会議用に書いた文章の一部を掲載します(これまでの書き込み内容との重複はお許し下さい)。

 国連環境計画(国連の環境部門)は、「温暖化防止については既に手遅れ、熱帯林の破壊も取り返しがつかない」等、地球環境の著しい悪化を報告しています(99年9月20日新潟日報)。「温暖化防止は手遅れ」ですから今後も気温の上昇は続き、益々暑くなり、益々異常気象が頻発し、農作物への影響も、今まで以上となるでしょう。かの有名な宇宙物理学者ホーキング博士も、「1000年後の地球の気温が500℃となる可能性がある」との予測を発表しています。ちなみに、500℃は金星の気温とほぼ同じなので、生物生存の可能性は極めて低いということになるのではないでしょうか。

 また、南極の氷や氷河の融解、海水の膨張による海面上昇も起こっています。海面上昇によって、先ず平野部が水没しますから、これも食糧問題に直結します。更に、NASAの調査により、南極最大のロス棚氷(日本の面積の1.5倍)が予想を上回る速さで崩壊しそうで、その場合数メートルの海面上昇が起き、世界的に甚大な被害が懸念される事が分かりました(01年1月18日毎日新聞)。

 温暖化の原因は二酸化炭素です。二酸化炭素は人間の呼吸や物質が燃焼する際に排出されます。温暖化を招くような多量の二酸化炭素は250年前の産業革命以降の工業化によって右肩上がりで排出されてきました。現在の生活様式では、電気・車・多様な製品を欠かすことは出来ませんが、電気を作る際には二酸化炭素が排出されますし、車もガソリンを燃焼する際に1000人分の二酸化炭素が出ます、様々な製品も生産・流通・使用・廃棄の段階で二酸化炭素が排出されます。つまり、我々の生活が便利・快適・豊かになればなる程、二酸化炭素が排出されてしまうのです。日本は世界でもトップクラスの豊かな国なので、二酸化炭素も世界第4位の排出大国です。国際的な責任が大きいので、「減らします」と宣言していますが、排出量は増え続けているのが現状です。

 日本の環境省がまとめる環境白書の平成13年度版では「地球温暖化や化学物質汚染等で、地球の限界を既に突破」と認識しています(01年5月30日産経新聞)。このまま突っ走れば地球が破綻してしまうのです。我々は持続不可能な社会を作ってしまったのです。

 環境問題以外でも、自殺者の増加・異常犯罪の増加・児童虐待の増加・貧富の格差の増大等、持続不可能な現象が現れてきました。そして、これらの問題解決の糸口が見えないため、不安が増しています。

 そこで、パラダイムシフト(物の見方・考え方の転換)が求められてくるのです。しかしながら、パラダイムシフトの前提として、「現状を良く知る」ことが求められると思います。市民の間で現状認識が共有される前に対応策を話し合っても、話がまとまる事はありません。つまり、「地球はまだまだ大丈夫だ」と思っている人と「地球は破滅してしまう」と思っている人が、これからどうするかを話し合っても物別れに終わってしまいます。議論の前提として、多くの方が「どうも地球がヤバイらしい」と認識する必要があります。

 環境意識という点で、日本は後進国と言わざるを得ません。国立環境研究所の調査では、環境問題について詳しい知識を有する人の割合が、環境先進国であるドイツ人は40%、日本人は10%で、実に4倍の差があります。環境への市民ニーズが発生しませんから、日本政府の対応も鈍くなります。また、内閣府の世論調査においても、地球温暖化問題を知っている人は85%だったのに対し、その対策である京都議定書の内容を知っている人は20%にとどまっています。

 我々は、先ず環境問題の実情を知ることから始めなくてはなりません。

千秋が原南側部分開発問題について

  • 2002年09月20日(金) 00時00分
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 最近、新聞紙上を賑わせている問題ですので、ご存知の方も多いかと思います。

 詳細な説明は省きますが、現在更地となっている日赤病院周辺の土地(千秋が原南側部分)の開発計画(ショッピングモールや福祉施設等)を、所有者である田中眞紀子さんのファミリー企業が長岡市に提出したのです。この土地の取得経緯で「開発に当たっては土地所有者と市で協議し、公益性の高いものとする」旨の覚書が交わされ、その覚書に沿って開発計画が提出されたものです。

 今回の計画内容には、新聞で報道された以外にもいくつかの問題点があり、議員協議会や委員会で発言を繰り返してきましたが、全て書き込むとかなり長くなりますので(過去には長文もありますが)、私が最も問題と思う点について述べます。

 一言で言うと、相変わらずの「まちづくり」の延長である、ということです。これまでのまちづくりは、よく言われるようなハコモノ中心であったり、人口増加・市街地の拡大・開発促進を目指して行われてきたと思います。そして、都市間競争という強迫観念の下で(それだけではありませんが)「無いモノねだり」・「あれもこれも」のまちづくりであったと感じます。これからはコンパクトシティやをサスティナブル(持続可能な)コミュニティを目指し「あるもの探し」・「あれかこれか」のまちづくりへの方向転換が必要です。
具体的には大型ショッピングモールの出店計画に違和感を覚えます。いろんな意味で市全体のバランスが欠けることにならないかと心配しています。それから、近視眼的意見では、物が豊かになるので大歓迎といったところでしょうが、長期的観点ではマイナス効果になるのではないかと思っています。

 説明不足かもしれませんが、たくさんの要素が絡んでいるので、あまり細かく説明しても逆に分かりにくくなる問題です。ピンと来なかった方は、主張欄の「米百俵精神で長岡から日本を変える」を読んでいただくと、私の考え方・理念が少しは理解いただけるかもしれません。

財界にいがた 8月号

  • 2002年07月19日(金) 00時00分
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 財界にいがた8月号の「ホームページで吠える地方議員の面々」で私を取り上げて頂いております。

 記事内容に関心のある方は買って頂くとして、今回取り上げられた県内の5議員は全て非自民党系だそうです。取材に来られた記者さんによると、「意図的に非自民を人選したのではなく、何人かのホームページを見て、これはという人をピックアップした結果」だそうです。

 私自身、3年間、無党派・無会派でやってきましたが、何が何でも非自民と考えているのではありません。非自民を標榜するのであれば、非自民の党派・会派に所属してもいいわけです。

 現代社会は自民・非自民や資本主義・社会主義、保守・革新といった従来型の対立軸では捉えきれなくなっています。従来の対立構造の更に外に、未来社会をより良くする可能性があるのではないかと考えています。

 ところで、仕事柄マスコミ関係者と接することも多いのですが、ここ1年位の間、若い記者さん達と話す機会に恵まれています。彼らは、新聞・テレビ・雑誌と分野は違うのですが、現代社会の問題点について、ほぼ共通の認識を持っています。私は常々、「若ければ良いってもんじゃない。年配者でも価値の変動に気付き、行動する人は魅力的だ。年齢で分けるのではなく、理念・思想・主義主張で分ける必要がある」と言っているのですが、この若い記者さん達には次の時代の息吹を感じます。気付いた人が、そのポジション(状況・立場・環境)で行動してゆく事が必要なのです。

6月議会を全休。申し訳ありません

  • 2002年06月27日(木) 00時00分
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 6月18~28日までの6月議会を交通事故による怪我のため欠席いたします。
議員としての最も大切な仕事を遂行できず、心苦しい限りです。

 事故の概要は日記欄に記載しております。

飲食業組合の総会で講演

  • 2002年04月23日(火) 00時00分
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 4月17日に長岡飲食業組合の総会にて講演させていただきました。

 市内で飲食業を営んでおられる知人が「割り箸の消費を抑えたい」との思いを組合に提案する事になり、その前段の説明(なぜ割り箸の消費を抑える必要があるのか)を任されたのです。

 講演と言えるかどうか分かりませんが、私に与えられた時間は10分程。「森の役割と現状」や「温暖化の現状と原因」等をキッチリ話すとなると通常1時間半はかかります。ポイントだけを話したつもりですが、「あれも言いたい、これも言いたい」と早口になってしまい聞き取りにくかった(実感しながら聞けなかった)かもしれません。与えられた時間に合わせ、最適な講演をしたいものです。
ちなみに知人のお店では、既に塗り箸を使用しています。

* 割り箸についてはトップページより「せきたか通信3号」をご覧下さい。

原発の温暖化対策

  • 2002年04月04日(木) 00時00分
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 日記にも書きましたが、南極のラルセンB棚氷が崩壊しました。これだけで済めば問題ないのですが、NASAの発表によるとロス棚氷の崩壊も近く、その場合は数メートル以上の海面上昇が起こるのです(01年1月18日 毎日新聞)。尚且つ、私が調べたところ6~8mの上昇もありうるらしいのです。

 そこで、海面上昇が起こった場合に原発はどうなるのか資源エネルギー庁に電話で聞いてみました。何回か電話を回され担当部署につながりました(縦割り行政の弊害ですが、縦割りのメリットもあるので我慢)。回答は「海面上昇は想定しておりません」でした。では、想定していない海面上昇が起こったらどうなるのか聞いたところ、「浸水対策は十分にしてある」とのことでした。想定していないことに一抹の不安を覚えます(そうでなくとも原発は問題ありと思っていますので)。狂牛病・薬害エイズ事件・サリドマイド事件・水俣病などを見るにつけ、国の危機管理能力は完璧とは思えません。特に原発事故の被害の大きさを考えた場合、想定していない事などあってはならない気がします。

 ところで、その原発ですが、地球温暖化防止対策で(景気対策も含んでいる?)今後もどんどん(13基)作る事になっています(ドイツやヨーロッパ諸国は廃止に向かっている国が多い)、日本の進んでいる方向に違和感を覚えます。

そもそも論

  • 2002年03月26日(火) 00時00分
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 せきたか通信NO3「手段の目的化」の項でも触れましたが、再度述べてみたいと思います。

 今の時代は「そもそも論」を展開する必要を感じます。そもそも公務員ってなんだろう、そもそも議員ってなんだろう、そもそも市役所ってなんだろう、そもそも法律ってなんだろう、そもそも公共の福祉(みんなの幸せ)って何だろう、そもそも幸せってなんだろう、ということです。

 例えば、法律ってなんだろうと考えると、皆がうまくやっていく為に守るべきルールです。ですから、本来の目的はそれを守る事ではなく(勿論、定められた以上守らなくてはなりませんが)、皆がうまくいくためのものなのです。ですが、よく言われるように、一度法律ができてしまうとそれを守る事が最終的な目的になってしまい、時代のニーズに合わせて変化できないといったケースが見受けられるわけです。

 そもそも論で考えると、今まではそれで当然と思っていた事に対して矛盾を感じる時があります。そして、その矛盾から改めて議論してゆく必要を感じています。

明日の新潟日報朝刊にチラシが入ります

  • 2002年03月02日(土) 00時00分
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 3月3日の新潟日報朝刊のチラシに「せきたか通信NO3」が入ります。市政報告をチラシにいれるという行為は一般的でない為、賛否や是非の様々な反応が予想されます(このたびの内容は、法律では選挙活動ではなく政治活動の扱いになります)。

 「せきたか通信」は私の市政報告であり、年に一度発行してきました。発行対象は、選挙時に後援会に入会頂いた約6000人・3400世帯です。

 しかし、これからの社会では市民の意識改革が必要なので、これをきっかけに多くの市民の皆様と考えていきたいと思い、今回チラシを入れることとしました。

救急救命士の件で臨時議会開催

  • 2002年02月26日(火) 00時00分
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 以前に書いた件のその後です。

 結果から述べると、2月21日に臨時議会を開いて国への意見書を採択しました(国に送ることになりました)。

 臨時議会を開いて採択した事は評価しますが、私は1月中に臨時議会を開いて採択するべきであったと考えています。議会は独立機関であるので、先ず真っ先に意思表示をして、それから関係機関と話し合えばよかったと思います。また、議会は市政のチェック機能にとどまらず、リーダーシップを発揮する時代であると言えます。そんな事から、少し残念な結果でした。

講演要旨

  • 2002年02月01日(金) 00時00分
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 1月25日に生涯学習団体の「男塾」(男のサロン)にお招き頂いて行った講演の要旨です。長くなってしまいましたが、これでも一部なんです。根気のある方は読んでみてください。

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消防本部と医師会の勇気に拍手!

  • 2002年01月11日(金) 00時00分
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消防本部と医師会の勇気に拍手!
議会としてもバックアップを!
 
昨年12月中旬。新聞各紙で取り上げられた話題です。

【新聞記事要約】
 長岡市消防本部(消防本部とは、簡単に言うと救急車や消防車を運行しているところです)で、救急救命士(救急車で搬送中に患者への処置を行う人)が法律で医師にしか認められていない気管内挿管(心肺停止患者への処置で、肺への酸素供給が目的)を医師の指導の下、5年間で383人に対し実施していたことが判明。県は消防庁(消防組織のトップで、国の機関)からの通達を受け、実施しないよう県内の各消防本部に指導。

 長岡日赤病院の外山副院長は「気管内挿管によって心肺停止患者の蘇生率は上がる。救命士にも技術があるなら、法律で禁じられていても、救命という本来の役目を重視すべき」としており、救命士は病院で1ヶ月の研修を受けていたとのこと。

 長岡市消防本部でも「医師の指示を受け、電話で連絡を取りながら実施した。違法だとは分かっていたが、一分一秒を争う中での善意の判断だった」とコメントしている。

 私はこの記事を見たとき、違法と知りながらでも人命を救う行動に感動を覚えました(当たり前の事なんですが、今の世の中それがなかなかできない)。昨日、消防長とお話させていただきましたが、公務員にありがちな「ことなかれ主義」を脱し、マスコミ対応等、正々堂々とした行動に長岡市消防本部の心意気を見た思いです。また、現場の救命士や、外山医師をはじめとした長岡市医師会も無念でありましょう。

 法律違反は確かに悪い事ですし、今回の法律を、救命士が気管内挿管できるように改正できない理由もいくつかあるようです(私にはその理由が正当とは思えませんが)。

 しかし、このままでよいのでしょうか?

 こんな時に早急に長岡市議会ができる事は、国に対し法改正の意見書を提出する(議会はそんな事もできるんです)ことだと考え、議長を含め数人の議員と話し合いました。おそらく、意見書の提出については多数の議員が賛成でしょう。しかし、その提出時期については議員間での相違があります。①県・市・長岡市医師会など関係機関と十分に調整した上で3月議会で提出する(議会を開かないと意見書は提出できません)。②3月より以前に意見書の為の臨時議会を開いて、早急に提出する。現在この二つに分かれている様子です。
私は②でいくべきと考えています。人命にかかわる事ですので一刻も早く法改正要望を提出すべきです(意見書を提出したからといって、国がそれに応えるとは限らないのですが)。また、市議会は独立機関であり、我々長岡市で起こった問題です。先ず議会が消防本部や医師会への応援体制を示し、その上で関係機関へ追随を促すくらいのリーダーシップを取るべきです。

机がアル!  控え室問題の顛末

 久しぶりの更新となってしまいました。

 さて、控え室の件です。

 結局、しばらくしてから控え室を与えていただきました。但し、窓がなく、空調も効かず、隣の機械室の騒音が気になる部屋です。しかし、贅沢は言っていられません。慣例から脱した決定がなされたことは、一定の評価ができると思います。

机がナイ!  議員って、会派って何?

 私の「控え室」問題に結論が出ました。予想通り、控え室ナシとなりました。しかし、机と椅子は使えます。

 どういうことかと申しますと、ある部屋(ほとんど使われていない会議室)に机と椅子が置いてあるのですが、その部屋を使ってはいけないのです。つまり、机はあるのだけれど机としての機能はつかえない状態です。机の形をしたロッカーといったところでしょうか。

 無所属である2人の議員以外には机も部屋もアリ、我々にはナイ。ということは、会派に所属していなければ議員ではないということなんでしょうか? どの法律を読んでも「議員は会派に属さなければならない」との記述はないのですが・・・。

 今回の顛末からも、政治の硬直化を感じます(たとえ会派無所属であっても議員である以上、控え室を与えるべきだと主張された議員もいらっしゃいます)。

立川 涼 先生

 ずいぶん時間が経ってしまいましたが、2月21日の立川先生との面談の報告です(於 愛媛県庁)。立川先生は元高知大学学長で、環境中のPCBやゴミ焼却炉からのダイオキシンを日本で最初に発見した人として知られています。
 東京で先生の講演をお聴きしたのをきっかけにして、今回の機会を作っていただいた次第です。

 化学物質汚染を中心に3時間近く貴重なお話を伺いました。結論としては、「頻繁に使われる10万種類の一つ一つの化学物質に対して、いちいち毒性の議論をしていたらタイムオーバーになる(放置している間に被害が深刻化し手遅れになる)。怪しそうな化学物質は使わないという消費者や政治の判断が今すぐに必要」とのことでした。

 ダイオキシン・環境ホルモン等の汚染状況に改めてショックを受けるとともに、政治や行政の対応の遅さ(特に日本)を痛切に感じました。

脱物質経済の実現に向けた産業活動

1月24日に東京大学 国際・産学共同研究センター 教授  山本 良一氏の講演が長岡市で行われた。講演要旨は以下の通り。

・日本のGDPは5.3兆ドルである。2%の経済成長を実現しようとすると、1000億ドルの新しい市場を創出しなくてはならず、新たな消費資源量が5000万トン増加する。
地球は、有限であるからこのままでは破綻。

・世界で起こっている環境変化。1日(24時間)で熱帯雨林は55,000ha消失、農耕地は20,000ha減少、生物種は100~200種が絶滅、二酸化炭素は6,000万トン放出、21万人の人口増加。
年間8,000万人の人口増加に対応するには、食糧生産のために利根川の年間流量の5倍の水が必要(毎年、利根川が5本ずつ増えなくてはならない)。これは無理。

・砂漠化の進行。中国では砂漠が年間3.4km北京に接近している。このままでは30年程で北京は砂漠。黄沙による被害も増大。 
近年、韓国では中国からの黄沙により人的、社会的な被害が急増しているとの報道有り(関 談)。

・温暖化のため世界各地で氷の融解が進んでいる。IPCCの報告では地球の平均気温が次の100年間で最大5.8℃上昇と予測しているが、これは地球全体の平均である。北半球は陸地が多いため、この倍くらいは上昇する。
また、温暖化により異常気象災害が頻発している。日本では1時間に100ミリ以上の集中豪雨が、1995年には1回であったのに対し1999年は10回である。保険会社の統計によると、異常気象に対する保険支払い回数は、1960年代と1990年代を比べると14倍になっている。異常気象による世界の経済的損失がこのまま毎年10%程度として、世界の経済成長が年率3%とすると2065年前後に世界は破産する。

・2010年までに日本で食糧危機が起こる可能性がある。ちなみに、北朝鮮をはじめとした飢餓が問題になっている国でも食料自給率は60~70%だそうだ。日本の食料自給率は30%。日本の食料危機は、日本の穀物輸入量の半分を占めるアメリカで、10年以内に異常気象により食糧生産が大打撃を受けることから始まる。

・現在の人類は地球生態系の再生・処理能力を約40%オーバーしている。例えるならば、昔は貯金の利子で生活していたが、贅沢をしすぎたため、今は元金を取り崩しているようなもの。これでは近いうちに破産。

・これらの事から、資源・エネルギー使用量の削減が不可欠。しかし世界人口の20%でしかない先進国が世界の資源の80%を使用している(世界人口の20%の先進国が人類の二酸化炭素排出量の50%を占める)ことから、世界一律に資源・エネルギーの削減をするには、不公平が生じる。永続可能な社会にするには先進国と発展途上国の生活を同レベルにする必要がある。そのために脱物質・サービス経済の実現が必要。例えばスウェーデンの家電メーカーは洗濯機の販売をやめ、洗濯機を無料で貸し出し、洗濯時間に応じて洗濯料金を徴収する事をはじめた。それによって、消費者はなるべく効率的な洗濯をするようになるし、メーカーは古くなった洗濯機の回収とリサイクルが100%実施する事ができる。また、アメリカのカーペットメーカーは環境問題を解決しないと自社の存在もありえないことに気付き、考えた結果、「我が社はカーペットを売るべきでない」という結論に達し、カーペットをリースし古くなったものは回収しリサイクルする事をはじめている。

・今後の対策として、グリーン購入によるエコ商品市場の創出、グリーン投資(エコファンド)推進のための税制上の優遇、環境税や補助金による社会制度の変革、が有効。これらの戦略によって持続可能な社会の実現(人類の破滅を避けられる)は可能であるが、問題は残された時間が僅かであるということ。

12月議会開会

  • 2000年12月13日(水) 00時00分
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 12月12日より12月議会が開かれており(21日まで)、本日で一般質問(市政全般に対する質問)が終わりました。今回目立ったのは「県営プールの悠久山地区誘致問題」と「千秋が原関連」です。ある議員から市長に対し「特定の国会議員やファミリー企業の動きが見え隠れする」との趣旨の発言もありました…。そうでなければいいのですが。

藤原 寿和 さん

  • 2000年12月13日(水) 00時00分
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 12月11日、東京で藤原さんにお会いしてきました。藤原さんは先月に村上市で開かれた「森と自然を守る会」で講師を務められ、その時の縁で今回お話を伺う事ができました。通常、講演会にお呼びするとウン十万円の講演料なのでしょうが、私一人の為にメシ代だけで4時間もお話頂きました。感謝申し上げるとともに、「恩返しの為にも頑張らねば」との思いを強くしました。
 藤原さんの肩書きは「止めよう!ダイオキシン汚染・関東ネットワーク事務局長」「廃棄物処分場問題全国ネットワーク事務局員」「化学物質問題市民研究会代表」「残土・産廃ネットワーク・ちば代表」「ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議常任幹事」です。科学的に裏打ちされた理論と数多くの経験に基いた話を村上で初めて聞いた時に、もっと教えて欲しいと思ったのです。
この日の主な話題は以下の通りです。

・ロードプライシング…これは自動車を運転して特定の地域に入る場合に料金を支払わなければならない制度で、大気汚染の軽減や渋滞解消の一つのツールであり、導入している国もあります。
私は、この度始めてこの言葉を知ったのですが、実は以前から「長岡の信濃川に架かる橋に料金所を設けて、自動車から通行料を徴収すれば(バスなどの公共交通機関は免除)マイカーの乗合・バス利用・自転車利用が促進されて、環境にやさしい街に一歩近づけるだろう(当然、税収もアップ)」との思いがありました。この考えに、しっかりした理論が存在している事にビックリ(とはいえ、よく考えれば当然のことではあるが)。

・工場やごみ焼却場からの排ガスについて…「排ガスを調査した結果、問題なし」となっていても多くの問題がある。例えばごみ焼却場の検査では、施設の立ち上げ時(燃え始め)と立ち下げ時(燃え終わり)に有害物質が発生し易いが、途中の安定焼却時に測定してはいないか?。当日の気象はどうか?風が強いと有害物質が拡散し数値が低くでる。調査日に生ゴミの焼却をやめたり(生ゴミを燃やすと燃焼温度が低下しダイオキシンが生成しやすい)、プラスチックの焼却(ダイオキシン発生の元凶)を止めたりしていないか。

・ダイオキシン測定…法律によると、土壌中のダイオキシン測定は地表から5㎝の土を採集して測るとのこと。しかし、実際に住民に影響を及ぼすのは(農地は別にして)ほとんど地表面に限られるし、通常は地表面の濃度が一番高い。地表から5㎝の土壌中の濃度を調べれば、数値が低くなるのも当然。また、ゴミ焼却場からの排ガス規制(環境先進国では0.1ナノグラムなのに対し日本は800倍の80ナノグラム)については、80ナノグラムにすると現在の焼却場の90%が改修しなくて済むが、先進国並にするとほとんどの焼却場が使えなくなる現状を考慮した可能性が強いとのこと。更に土壌規制について、農地が規制から除外されたのは農林水産省の力が働いた可能性が強いとのこと…。これらの事は私も知ってはいましたが、改めて「一体この国は何を大切にして意思決定しているのだろうか」と感じます。

・産廃処分場…豊田市の事例では、産廃業者の報告書には「問題なし」となっていたが、近所の小学校が授業の一環として毎日観察した結果、黒煙が上がっていた(不完全燃焼の証拠)等の事実が発覚し、市が調査したところ基準値オーバーであった。また、福井県の事例では、産廃処分場の地下水汚染を観測する為のモニタリング井戸は「異常なし」となっていたが、その井戸は処分場からの地下水脈から外れていた。

これ以外にも大変参考になる話をうかがう事ができました。
最後に「藤原さんがこんなに一生懸命に活動される原点はなんですか」と尋ねると、「幼い頃から科学が好きだったが、水俣病問題を知ったことが転機です」との答えが返って来ました。

最近のニュース

  • 2000年12月01日(金) 00時00分
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11月24日 新潟日報

見出し  環境基本計画 市区町村の4割が進展具合把握せず

 環境基本計画とは、その地域の環境をいかに改善または守っていくのかをまとめたものです。実は9月議会でこの件について質問したところなんです(一般質問ではなく委員会質問)。残念ながら長岡市は4割に入っていたのですが、「今後は把握する」との環境部長の答弁を引き出せました。
 計画は一生懸命作るけれども、実行が伴わない「お役所体質」を垣間見ました(ということは何の為に計画を立てたのだろう?)。長年の積み重ねによる体質なので、今の世代の職員だけに責任があるとも言い切れませんが、今回の指摘が体質改善につながればと願っています。
 「新聞で話題になる前に質問するなんて、いいセンスしてる~」なんて誰かほめてくれませんかね。(笑)

第2次新長岡発展計画 後期基本計画

  • 2000年11月27日(月) 00時00分
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11月24・27日と上記の計画(長岡市の今後5年間の計画で、最も基本となるものです)について議会と理事者(市長以下の行政)の協議会が開催されました。

私の主要な発言は以下の通りです。

・5 年間の計画ではあるが30年・40年先を見据えて考えなくてはならない。市民ニーズに応えるという、ある意味場当たり的な(市民ニーズに応える事が全て悪いというわけでなく)政策が連続して行われた結果、気付いてみたらとんでもない方向に向かっていた、という事のないようにしなくてはならない。つまり、着地点をしっかり見据えて、一つ一つの細かい政策を決める必要がある。

・環境問題について、本文中に「私達の生命の基盤である地球の環境までも損なわれつつある」と記述されているが、それほど認識しながら「政策にあたっての3つの基本姿勢」に環境の視点が入っていないのはおかしい。

・「都市間競争」という表現が何ヶ所か出てくるが、都市間競争に勝つとどうなるのか?負けるとどうなるのか?長岡が勝つということは、他の地域が負けるということになり、全体として幸福な社会は作れない。「都市間共生」を目指すべき。

・福祉の充実と子育て支援の充実が謳われている。一方で家庭機能や地域連帯意識の低下が青少年育成に悪影響を及ぼしているとの記述もある。行政が福祉と育児支援を充実させればさせるだけ、家庭は食事と睡眠だけの場所に近づき、地域と連帯しなくても生活できるようになってゆく。福祉と子育て支援の充実は必要な事であるが、これらの考え方をきちんと整理すべき。

・「緑化の推進」について、緑化とはただ単に色としての「緑」を増やせばいいというものではない。

・地球温暖化を食い止める事は非常に困難な状況である。今夏は明らかに雨の降り方が変化した。水害防止の為に降雨データをチェックすべき。

・「環境に関する情報提供を推進する」と述べているが、市政だよりを有効に使うべき。

・「一般廃棄物処分場が12年で満杯になるので、新処分場の建設を検討する」とあるが、逆に「長岡市は今後20年間は新処分場を作りません」と宣言し、真剣にゴミの減量に取り組むべきではないか。

・今後の産業構造を考えると、第一次産業の強化が必要。「新規就農希望者を支援する」ことは大いに結構だが、新規就農希望者の増加策も考えなくてはならない。

・「中心市街地の再生」について、「中心市街地はまちの顔」と述べているが、本当にそうなのか?仮にそうであったとしても「顔」にこだわりすぎてはいけない。また、「顔」は商業拠点でなくてはならないのか? 「活性化し、にぎわいと活気を再生する」となっているが、結果として活性化するのである。活性化する目的で即効性のありそうな事業を行ってもうまくいかない。

・「交通渋滞解消の為の道路整備」と「環境問題解決の為にバス離れを止める」には整合性が感じられない。自家用車に便利な交通網を作れば、バス利用が低迷するのは当然である。