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あるコミュニティー誌への投稿(テーマ:男と女)

 「男女」のように、反語が対になっているものは、善悪・正誤・賛否・老若・明暗・上下・表裏・貧富・真偽・生死など数多い。これらに共通しているのは、「片方を理解しようとすれば反対も理解しなくてはならない(仮に、これをAパターンとする)」、若しくは「片方を完璧に理解すると反対も理解できる(これをBパターンとする)」といった事ではないかと思う。例えば「真偽」においてのAパターンは、真と偽を両方見るから真偽の違いが分かるって事だし、Bパターンは、真を完璧に理解できるから、それ以外は偽だと分かるって事のような気がする。

 ちょっと別の角度からみてみよう。 Aパターン:すごく貧しい家庭に生まれたけれども、経済的に成功した人。若しくは裕福な家庭に生まれたけど財産を食い潰して苦労している人。こんな人で、(貧富は関係なく)結構素敵に生きている人がいる。そんな人は、両極を経験したからこそ、貧でも富でもない人生の本質(真実)を知ってしまった人なのではないか。 片やBパターン:何十年も同じ仕事しかしない職人さんで、人生を卓見している人がいる。この方は、一つの職を極める事によって人生の本質を知ってしまったのではないか。

 さて、男女間のトラブルを耳にする機会も多いが、その多くは「相手の気持ちを理解できない」ことが原因なのではないか(これは男女に限らず同性でも言えることだが)。男女が互いを理解するとしたら、Aパターン(男が女を経験する。又はその逆)は有り得ないので、必然的にBパターンになってしまう。つまり、女は女を極め、男は男を極めるということだ。確かに、もの凄~く女らしい人は男を良く分かっているような気がするし、もの凄~く男らしい人は女を良く分かっているような気がする(女らしさ・男らしさには議論があると思うが)。でもチョット待て。もう一つCパターンがあるではないか。

 Cパターンとは、いきなり本質を理解する方法である。このパターンは、どんな事にも適用され、最も効率の良い方法ではないのだろうか。「男女」に当てはめれば、異性を理解するとか男を極めるということではなく、ズバリ人間そのものを理解してしまうのである。人間そのものが理解できれば、男女だろうが世代だろうが国籍だろうが全く関係なし(但し、理解できるという事と、自分がそうする事は別物)。

 さてさて、では人間そのものを理解しようと考えると、自分に一番近く・研究しやすい対象は、実は自分自身である。人は皆、自分の事はよく分かるって言う。「私はこんな性格です」と言う。「じゃあ、なんでそんな性格になったの? 生まれた時は純真無垢だったよね」と尋ねると、「???」。自分を知る事は、自分のルーツを知る事。そして、本当に自分(人間)を知っているのであれば、その人に人間関係のトラブルは起きづらくなる。自分のルーツを知ると、我が子のように自分が愛しくなる。自分を愛した時、他人を愛すこともできる。自分という人間を認められた時、他人も認められる。自分を信じられた時、他人も信じられる。

 さあ、自分自身(人間)を研究しよう!