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異様な長岡市長選挙

 今回の市長選挙における重要な争点の一つは「柏崎刈羽原発(以下KK)再稼働への対処」であると考えます。現在、法律に基づいて再稼働に関与できる自治体はありませんが、電力事業者(KKの場合は東京電力)と立地自治体(KKの場合は新潟県・柏崎市・刈羽村)が任意で結んでいる安全協定に基づいて、立地自治体の意向が反映されることになっています。長岡市も福島原発事故後に安全協定を東京電力と締結しましたが、立地自治体並みの権限が含まれていない協定内容なので、再稼働に対する長岡市の意向の反映が保証される状況にはありません(長岡が再稼働反対と言っても止まる保証がない)。私は、原発事故に備えた避難計画の策定義務を新たに負った長岡市は、立地自治体並みの安全協定を結び、KKへの発言力を強化する必要があると考えます。福島原発事故は圧力容器や格納容器が吹き飛んで東京も含めた東日本が壊滅する危機でしたが、これらの容器が最小限の損傷で済んだ(私は奇跡的だと受け止めています)ことで、何とか現在の状況で収まっているのです(それにしても大事故なのですが)。「原発の爆発」=「福島事故」の想定は合理的ではありません。「原発は動いていなくても使用済み核燃料が保管されているから危険」との意見があり、それはその通りと考えますが、稼働した場合の危険性は格段に高まるのです。したがって、(福島原発事故以前に比べたら安全性が高まっていることは間違いないのですが)再稼働する場合は福島以上の悲惨な状況(命・健康面や長岡市の消滅など)を覚悟することが必要になります。そして、原発をめぐる国・事業者・審査などの動きを見ると、新市長の任期4年のなかで再稼働する・しないが決められる確率は100%に近いと思います(くどいようですが長岡市は再稼働の是非を問われる立場にない現状です)。

 そんな中、市長候補予定者の3人からは立候補表明当初には原発問題に力点を置いた訴えが聞こえてきませんでした。私は原発問題を正面から訴える候補が必要と考え(もちろん、市長選ですから原発だけが問題ではないので、その他の課題も含めてですが)、候補擁立に向けて努力してきましたが、残念ながら擁立に至りませんでした。しかしその後、最近になって各候補予定者がKK再稼働に対して反対や慎重といった主張を強めています。
「選挙に向けた活動の中で市民の皆さんの意見を聞いたら、再稼働に反対・慎重との意見が多いので、私はそのような意見を代弁します」との姿勢であれば、それは健全な政治活動や民主主義の成果と見ることもできます。しかし、立候補を決断する段階で市民のそのような思いが分からなかったとしたら問題ですし、原発は今回の市長選の争点ではない、もしくは争点にしたくないと考えていたのであれば、それも問題です。また、再稼働に反対する場合は、誰に(どの組織に)どのようにして長岡市の考えを伝え・反映させるつもりなのでしょうか。前述のとおり、今現在はその仕組みが整っていないのです。いずれにしろ、この段階になって各候補予定者がKK再稼働に積極的に発言するようになったことに違和感を覚えるとともに、民主主義の力の源泉である神聖なる選挙が冒涜されているのではないかと危惧しています。

 しかしながら、各候補が立候補表明時点では強調していなかったKK再稼働への慎重・反対を訴え恥めたことには一定の社会的意義も感じています。

 今回の市長選挙への私の思い入れが特に強いのは、長岡市のKK再稼働に対する姿勢が3年ほど前から後退してきていると感じていたところに、昨年9月議会、本年6月議会の答弁が私にとっては市のやる気を感じないものであったからです。
 私は原発問題を議論してきた議員として、直近の12月議会で新市長とKK再稼働問題を議論するつもりでいます。
(私のこれまでの議論は、活動報告「せきたか通信」やHPで公開しています)