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仕事・家族・教育の循環

日時平成21年11月9日
場所PARC自由学校(東京都)
用件PARC自由学校講座に参加

仕事・家族・教育の循環をいかにして再構築するか

東京大学 大学院 教授 本田 由紀 氏

1 社会変化のイメージ
高度成長期~バブル経済崩壊まで
時間の経過と共に、豊かさや地位が増加する
90年代以降
  • 「別々の閉ざされた世界」の出現と、それぞれの内部の同質化
  • それらの世界の「垂直的格差化」と相互の無視、憎悪、侮辱、羨望
  • 個々の世界の中で、負の特徴が出現し顕在化
  • 別々の世界を広く覆う共通の圧力(例:自己責任論)が、それぞれの世界の分断をますます強くする


2 若者の働き方の変化
正規雇用者が減り、非正規雇用者が増えた
非正社員の苦境
  • 賃金:パート・アルバイトの9割が年収200万円以下で、高年齢になるほど賃金格差拡大(日本特有)
  • 脱出困難と不安定雇用:貧困と将来展望のなさ、スキルを要しない単純作業、継続的な人間関係形成の難しさ(個々が切り離されている)。典型が日雇い派遣
  • それでも暴動が起きない理由:親世代への依存が可能
正社員の苦境
  • 長時間労働化が進行(海外と比べても異常な長時間労働):10年以上にわたる採用抑制で、従来の職務を少人数でこなす
  • 昔ほど上がらない賃金
  • 心身を病む正社員の増加(精神障害の6割は30代以下):体力があるので精神にでる。同年齢集団の縮小、成果主義、就労形態の多様化により、ギスギスし始めた職場の人間関係
  • これらの結果、不満や病気による離脱の増加
格差意識:大卒や院卒などの有利な層ほど格差認知が低く(格差はないと思っている)、格差拡大を是認している
違法な処遇(残業代もらえない、有給休暇とれない等)は非正社員に多い
非正社員は、やりがいを感じる割合が少ない


3 家族・教育・仕事の連動
家庭の教育意識・行動の分断の拡大:子供の成績が上がって欲しいと考える母親の割合は、大卒or短大卒の母親が、それ以外の学歴の母親より高く、その比率差も広がってきている
1ヵ月あたりの教育費にゆとりがあると答える割合は増加、ゆとりがないと答える割合も増加 → 二極化
東京都立高校を調査した結果、偏差値の高い高校ほど中学時の成績上位者が通い、偏差値の高い高校ほど通学時間が長い
高学歴の若年者しか大企業に入れない傾向が年々強まっている


4 社会変化の構造的把握
バブル崩壊により、完全失業者と貯蓄非保有者が増加し、日本社会の底が抜けた → 時代背景が違うため、団塊世代は団塊ジュニア世代を理解できない
経済成長率:1956~73年は平均9.1%、74~90年は平均3.8%、91~08年は平均1.1%
教育への公的支出が少ない=教育の家計への依存の大きい
世界的に見て、富裕層と貧困層との格差は大きい
富の拡大の停止・縮小のもたらすもの
  • 争奪の激化(裸の拳の殴り合い)、有利な層による争奪ルールの歪曲
  • 同時に、富や地位の争奪への懐疑の広がり
  • 上記2つの矛盾下にある個人
  • 目下の利潤を確保するための最大限の効率追求、しかし、しばしば近視眼的ないし形骸的効率追求に終わる
分断を生み出すもの
  • ネオリベラリズム化の市場主義、普遍的相互尊重としての「社会」の脆弱さ
  • 組織、集団、層内の凝集性(ボンド)の過剰な強さと所属による内外差別、所属を超えた関係性としてのブリッジの脆弱さ:ボンドへのしがみつきとボンドを失った場合の孤立
  • 発言による変革(内部に留まりながら改革を目指す)への諦観、幻の出口(離脱と選択)への希望がもたらす自己責任化
日本の「学校と仕事の関係」の特徴
i 高度成長期~90年代初頭
  • 学校卒業とともに、大半が正社員に移行
  • しばしば学校や教員、OBが就職を斡旋・支援
  • 学校で職業能力を身に着けていることは期待されない
ii 90年代半ば以降
  • 正社員になるルートが細くなり、もう一つのルート(非正社員)が現れる(ダブル・トラック化)
  • 二つのルート間に大きな隔たり
  • 非正社員ルートの出現が正社員ルートに影響
ダブル・トラックの背後にあるもの
  • 両トラックの相対立する原理
  • 正社員(作業なき帰属意識):強固な参入制限、「包括的人事権」による職種・勤務地等のフリーハンド的決定、要因管理(マンパワー×労働時間=業務量)の発想の欠落が生む過重労働、専門性の阻害が生む非効率性
  • 非正社員(帰属意識なき作業):抱え込む価値の低い労働の切り出し、必然的に低スキル作業への偏り


5 若者の論じられ方
フリーター論の変遷
  • 1980年代~90年代半ば:「フリーター」=「新しい自由な働き方」
  • 90年代後半:「フリーター」=「気楽、モラトリアム」(パラサイト・シングル論)
  • 2000年代初頭:「フリーター」=「決められない・働くのが怖い」
  • この間、一貫して「フリーター」の増加は若者自身の職業意識の変化が原因とみなされる
  • 2003年:フリーター増加の最大の理由は企業の採用抑制(国民生活白書)
  • 2004年~:ニート論の台頭
日本におけるニート論の特徴
  • 若者の心理・意識の強調:ニートは自分に自身がもてない等
  • 「ひきこもり」との類似性を暗に含意:ニートの多くは、働くことだけでなく、全てに悲観的。引きこもりもニートの一部など
  • 家庭や親の責任を強調
  • 「ニート」という言葉の拡大適用 → 不活発さの象徴に:ニート主婦、家庭ごとニート、社会人のニート化など
  • 恣意的な原因論と対策論:愛国心が足りない、残虐ゲームのせい、自衛隊に入ってサマーワに行けば3ヶ月で変わる等
強調される人間力
  • 各種調査や報告書に登場
  • 「人間力」「生きる力」の主要全国紙への登場回数が増加
「フリーター」「ニート」以後
  • 2006年以降、マスメディアにおける若者バッシングや「ニート」という言葉の出現率は減少
  • 代わって、「ワーキングプア」「ロストジェネレーション」「ネットカフフェ難民」「貧困」など、現実をニュートラルに表現する言葉の増加、若者が参加するユニオンや様々な活動・発言も増加
  • 「フリーター」「ニート」への否定的な見方は強固に存続し、彼らの置かれている状況には大きな改善なし


6 働き方の変化の背景:3つの区別すべき要因
不幸な偶然:バブル期における団塊ジュニア世代の過剰採用と、団塊世代の中高年化が、バブル後の長期不況で急激な若年採用抑制をもたらす
後戻りできない世界的変化:グローバル化、生産サイクル短期化が安価でで量的調整が容易な非典型労働力需要を拡大
日本の学校と仕事の奇妙な関係:学校教育の職業的意義(労働基準法なども含めた職業的知識や技能の獲得)の希薄さ、正社員の供給源を新卒者と他社での正社員経験者に限定しがち、抽象的採用基準による新卒一括採用(人事部が一括していて、必要な部門に必要な人を探さない)が生み出すミスマッチのリスク


7 必要な対策
循環の再構築(もともと異常だった戦後日本型循環モデルには戻らない)
  • 仕事:ある程度の安定性、収入、向上機会を備えた「適正な働き方」の回復、自らが担う仕事領域そのものへの誇りの形成
  • 家族:固有の原理(情愛や余暇の充実)の回復
  • 仕事→家族:リスク分散としての共働き、ワークライフバランス
  • 教育:学習内容の意義の回復、格差の最小化と個々の学習者への承認の付与
  • 教育→仕事:新卒一括採用慣行の克服と教育の職業的意義(適応+抵抗)の向上
  • 家族→教育:費用と意欲の面での教育の家族依存を切断
  • セーフティネット:仕事・家族・教育の隙間を公的な社会保障で満たす
目指すべき若年労働市場
  • ほどほどの作業とほどほどの帰属意識を通じたキャリア形成
  • 正社員と非正社員間の柔軟な移動と均等処遇
自己責任の転換
  • 孤立した自己に閉ざされた自己責任から、「自分の苦しい状態は社会構造によるものであり、その社会構造を変革する責任の一端を自分は担っている」という自己の社会的責任へ
日本社会の多くの課題
  • 分断された各部分間でのパイの分配のあり方についての議論と合意形成
  • パイの争奪競争に代わる意味や価値の模索
今の日本にはない、真っ当な社会の最低限の要素
  • ある時点で不利な状態に陥った人が、いつまでも不利でい続ける必要がなく、
  • 人々が出来るだけ不利にならないための準備や支援が幅広く提供されており、
  • 人々が自分の尊厳と他者への敬意をもって生きていくことができる、
  • そういう社会を少しづつでも作っていくための地鳴りを生み出す必要性