日時 | 平成29年11月23日 |
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用件 | 暮らしの中の化学物質に参加 |
終わっていない環境ホルモン問題
NPO法人「ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議」代表
弁護士 中下 裕子 氏
弁護士 中下 裕子 氏
1 環境ホルモン問題の経過
(1)野生生物の異変(原因として合成化学物質が疑われる) ・巣をつくらないハクトウワシ ・孵化しないワニやカモメの卵 ・子を産まないミンク ・アザラシ、イルカの大量死 ・ヒトの精子数の激減 等 (2)ウィングスプレッド宣言(1991年) シーア・コルボーン、ピートマイヤーズをはじめとする科学者が 初めて一堂に会し、化学物質が野生生物や人間の内分泌系を かく乱しているとの仮説に基づく以下の合意を提唱 ・化学物質は生体内に入って女性ホルモンと類似の作用あるいは 抗男性ホルモン作用を示し、ホルモン系(内分泌系)を かく乱させる作用をもつ ・多くの野生生物種は、すでにこれらの化学物質影響を受けている ・これらの化学物質は人体にも蓄積されている (3)コルボーンらによる「奪われし未来」の刊行(1996年) 環境ホルモン問題が世界的関心事項となる (4)環境庁が「環境ホルモン戦略計画 SPEED98」策定(1998年) 環境ホルモン作用が疑われる67物質のリスト作成(3/4が農薬) (5)日本では「環境ホルモン空騒ぎ」論の台頭 ・中西準子氏を中心に産業界寄りの学者・ジャーナリストによる 空騒ぎ論が新聞・雑誌に掲載され、単行本も出版される ・環境省の調査結果:「一部の物質は魚類への影響が認められたが、 人間への明らかな影響は認められなかった」 ・環境省は環境ホルモンリストを廃止し、計画を大幅に縮小 (6)世界では研究が進む ①未解明な点もあるが人間や野生生物にとって極めて重大な課題であると 認識した ②1997年8ヶ国環境大臣会合で「子供の環境保護に関するマイアミ宣言」 採択 ③2002年WHO/IPCS「内分泌かく乱物質の化学の現状に対する地球規模 の評価」公表 ・野生生物への影響の可能性は認められる ・ヒトへの影響の証拠は弱い(証拠はないとの表現ではない) ・幅広く国際的な共同研究が必要 ④2013年WHO/UNEP「内分泌かく乱化学物質の化学の現状2012年版」 刊行 (7)WHO報告書「人間と野生生物に対する環境ホルモンの影響」(2013年) ①序論 「・・・・脆弱な時期に内分泌制御の変化に至るような濃度で 環境ホルモンに暴露された場合には、野生生物や実験動物で 認められた影響はヒトでも発現する可能性がある。 ヒトと野生生物ともに特に懸念されるのは初期発達への影響である。 これらの影響は多くの場合、不可逆的であり、ライフサイクルの 後期まで明らかにならない可能性があるためである」 ②対象とされた内分泌器官系と関連疾患 ・女性の生殖障害:子宮筋腫、子宮内膜症、不妊、早期胸部発達 ・男性生殖障害:停留精巣、尿道下裂、精巣がん ・性比の不均衡:男女性比の不均衡(メス化) ・甲状腺疾患:甲状腺機能障害、甲状腺がん ・小児発達神経障害:自閉症スペクトラム障害、認知機能・IQ低下 ・ホルモン関連がん:乳がん、前立腺がん、甲状腺がん、 子宮内膜ガン、卵巣がん ・副腎皮質障害:HPA軸の応答性変化 ・骨障害:骨障害 ・代謝障害:肥満、糖尿病、メタボリックシンドローム ・免疫障害:免疫機能障害、リンパ腫、白血病、自己免疫性疾患、 喘息、子宮内膜症 ・個体数減少:人口置換水準を下回るような出生率の急激な減少 (8)環境ホルモン問題の広がり ①人間の生殖にも影響が現れ始めた ・不妊症と不育症(子宮内で育たない)の増加 ・男性生殖器官の異常(胎児期の男性ホルモンの濃度低下) 尿道下裂 1974年 1万人当たり1.1人 2011年 1万人当たり5.6人 5倍に増加 ・精子数の減少(男性ホルモンの濃度低下) 北米、欧州、豪州の男性の精子数は40年前より50%以上 減少(2017年)マウスの3世代継続実験では第1世代が 環境エストロゲンに暴露すると精子数が減少し、第2世代に 引き継がれ、第3世代では精子を全く生産できず生殖能力が なくなる ②神経系や免疫系にも影響 ・発達障害の増加 カリフォルニア州では1990~2006年に自閉症が7~8倍増加 日本でも特別支援教育在籍児童・生徒数の急激な増加 ・アレルギー疾患の増加 日本では喘息が1970~2013年に約10倍に増加 (9)諸外国の動き ①アメリカ 1990年代 食品品質保護法改正、飲料水安全法改正 1999年 環境保護庁(EPA)内分泌かく乱物質スクリーニング プログラム(EDSP)策定 しかしブッシュ政権中は ほとんど動きなし 2009年 EDSPの動き再開 第1回スクリーニング対象67物質 (うち58物質が農薬)を選定 2011年 EDSP21策定(EDSPの加速化) 2013年 第2回スクリーニング対象109物質を選定 ②EU 1999年 内分泌かく乱物質に対する共同体戦略 原因・結果の研究 予防原則に基づいた適切な政策的措置の実施 2006年 REACH規則(一般化学品) 内分泌かく乱作用を有し、ヒト又は環境に対し 発がん性物質等と同等の懸念をもたらす恐れがある 科学的証拠がある場合は、高懸念化学物質(SVHC) リストに記載し認可対象候補物質となる 2009年 植物保護製品規則(農薬) ヒトに悪影響を与える環境ホルモン(判断基準を 2017年に公表)は原則禁止 2009年 化粧品に関する規則 2012年 殺生物製品規則(殺生物製品)
2 環境ホルモン問題が提起したもの
(1)新しい毒性概念 ①生体のホルモン作用の正常な動きをかく乱し、その結果ヒト、 野生生物に影響を及ぼす(発がん物質のように細胞に直接作用するもの ではない) ・本来のホルモンのレベルが変動するので閾値を想定できない ・低用量で作用することがある ・非単調用量反応関係を示すことがある(用量と反応の関係は 右上りグラフではない) ・暴露のタイミングが極めて重要 ・経世代影響もある(3世代までの影響は分かっている) ・複合影響(複数の化学物質に暴露)を発現することがある (現代の人体中からは200~400種類の化学物質が見つかる) ②安全な量が決められない ③従来のリスク評価手法では対処できない (2)子供の脳の発達と環境ホルモン ①ある程度の関連が分かった環境ホルモン ・PCB → IQ低下 ・難燃剤(PBDE)→ 多動 ・ビスフェノールA(BPA)、フタル酸エステル → 攻撃的、多動 ・水銀、鉛 → 脳の発育遅れ、重い障害、学習機能や注意力低下、 問題行動増加 ②発達神経毒性物質の同定は始まったばかり 2006年に201物質が同定されたが、氷山の一角 (3)胎児期の環境と病気の関係 ①「胎児期の環境ホルモン暴露は、糖尿病、高血圧、肥満、心疾患、 脳こうそくなどの病気の要因となる」との仮説がある ②エピジェネティックな変異(環境ホルモンの影響で遺伝子の オン/オフに起こる異常)
3 環境ホルモン問題への対処
(1)新しい対処の枠組みが必要 産業界やこれと密接な関係省庁が抵抗し、日本では環境ホルモン 問題は終わったとされている (2)赤ちゃんの臍帯血 200以上の化学物質が検出(2009年アメリカ環境ワーキンググループ) (3)香害 ①合成香料の問題点 ・合成香料は複合化学物質の塊 合成ムスク(ジャコウの香り)、フタル酸エステル類などの 環境ホルモンも含まれている ・徐放剤として強毒物質イソシアネートが含まれているものがある ・除菌成分の塩化ベンザルコニウムには生殖毒性がある ②不十分な日本の法規制 ・EU 26種類の香料をアレルギー物質として成分表示 ムスクキシレンの製造・使用禁止(2011年2月) 101物質について表示義務化 12物質について配合比率0.01%以下とすることを提言 ・日本 自主規制任せで、表示義務なし (4)環境ホルモンを避けるために ①食べ物 ・ポストハーベストに注意 ・輸入缶詰にはビスフェノールAが使用されている可能性 ・加工食品よりも生鮮食品 ・フッ素加工のフライパンなどは使用しない ・プラスティックの食器、容器、包装材の使用を減らす ・妊婦や子供はマグロを食べない など ②化粧品 ・パラベン、オキシベンゾン、トリクロサンを含む商品を避ける ・薬用せっけんより普通の石鹸を使う ・妊婦や子供は入浴剤を使用しない ・香料を使用している商品を避ける など ③生活用品 ・香料を含むシャンプー、柔軟剤、消臭剤などを使わない ・抗菌製品は使わない ・防水スプレーは使わない ・妊婦や子供の周辺で農薬や殺虫剤は使わない など (5)提言 ①原因不明とされている現代病、特に子どもの病気(アトピー、 発達障害、喘息など)の増加を、環境ホルモン問題の解明と 適切な対処によって防ぐことのできる可能性がでてきた。 ・対処できない場合は次世代の子供や野生生物に取り返しの つかない悪影響を及ぼしかねない ②環境ホルモンに対する法規制の早期実現 ・環境ホルモンを含む毒性を有する化学物質についての 包括的規制の早期確立が必要 ・環境ホルモンを含む農薬、化粧品、おもちゃの使用を 禁止すること ・環境ホルモンを含む食品、容器・包装、家庭用品、子供用品に ついて、その旨の表示を義務付けること ・香料、抗菌剤、芳香剤、可塑剤、等の添加剤について、 その成分表示を義務付けること ・胎児、子供、妊産婦の農薬など環境ホルモンへの暴露を 削減するための有効な措置を講ずること環境ホルモンに対しては予防原則に則った対処が重要と改めて感じた。